ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

憤激のジム・キャノン《ヴァルギオストス》〜真理の巫女と復活の国家構想〜

「《ヴァルギオストス》の発艦を許可します。幸運を」
「了解。……ゲルタ・ストラトス、ジム・キャノン、出る!」

 ペガサス級強襲揚陸艦《ゲルタヴァーナ》から出撃したのは、長く突き出た肩部ロケット砲が威圧的な旧式モビルスーツ、「ジム・キャノン」。独立国家を自称する巨大テロ集団、「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」が保有するMSのひとつだ。《ヴァルギオストス》と名付けられた紅白の機体は、着地するなり遠方に捉えた連邦軍フカヤ基地に照準を合わせ、ためらいなく砲撃した。1発目は当たらず。爆音とともに基地の周囲に広がるネギ畑に大穴をあける。狙いを修正して放たれた2発目、3発目の砲弾は、目標過たず基地の施設を火炎に包んだ。先刻までごく平穏だった美しい穀倉地帯に、死と戦乱の狼煙があがったのだ。

「出てこい不敬の蛮族どもめ。皆殺しにしてくれる!」

 パイロット、ゲルタ・ストラトスは次なる敵を待ち望むが、基地からMSの現れる気配はない。それもそのはず揚陸艦の接近を簡単に許すようなフカヤには、まともなMSやパイロットが用意されていないのだ。母艦《ゲルタヴァーナ》は反撃のないことを確認すると、いよいよ大胆に基地へ近づきメガ粒子砲の雨を降らせた。《ヴァルギオストス》は制圧のために基地に乗り込み、逃げまどう兵に降伏を勧告する。敗走する車両にはバルカン砲を浴びせ、武器庫や兵舎に100mmマシンガンを連射した。もはやフカヤ基地に抵抗の気力はない。

 ――かくして宇宙世紀0087年11月、のちに「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス独立戦争」と呼称される激烈な闘争が、辺境の地フカヤで開始されたのである。
 
* * *

 おお、唯一神ゲルタヴァーナ及び怒れる十一の神々よ。荒ぶる超越の十二柱。

 過去、宇宙世紀以前、かの神々を信仰する者らが計画していたと言われる人工国家、「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」。その壮大な構想が記された資料を発見した青年貴族は、人工の理想郷を実現させるべく、ゲルタ・ストラトスと名乗り信仰者の武装を呼びかけた。自ら私財を投じ、恐るべき手腕を発揮して、ペガサス級揚陸艦と11のMSを手に入れさえしたのだ。艦には唯一神の名を、MSには怒神の名をそれぞれ与えた。人員も十分に集まった。あとは1発目の砲弾を撃ち込むだけ――偽の神を崇める蛮族どもの政府、すなわち地球連邦政府に対して。さあさ、戦いの火蓋は切って落とされた。しかしなぜ、ストラトスはとるにたらない田舎の拠点を狙ったのか? 

「――フカヤ基地の地下には、復活を待望するある男が眠っている」

 基地制圧後。

 火災は完全に鎮火され、連邦軍の兵たちは捕虜として収監された。ストラトス連邦軍、あるいはティターンズの奪還作戦が展開されるよりも先に、とある計画をし遂げるつもりでいた。各種掘削機械を用いて基地の地下を調査し、必ず埋まっているはずの人工冬眠カプセルを見つけだすのだ。はたして事はストラトスの思惑どおり進み、見事カプセルは掘り出された。

「おお、これが……《真理のゆりかご》……!」

 純白の棺。カプセルの随所に女児の裸身が彫刻されてある。永遠の生命を意味する装飾だ。ストラトスと彼の私兵――信仰者たちは、神像に対するがごとく丁重に、カプセルを艦へと運ぼうとする。しかし、男たちの無数の手が触れたとき、物言わぬはずの棺が言葉を発した。

『…………敬虔な男たち、狂喜せよ、わが目覚め』

 凛とした少女の声だ。驚愕する兵。ストラトスは一人落ち着いて、カプセルを地面に置くよう指示する。大地にそっと寝かせられた棺は、当たり前のように、ごく静かに、開いた。

「「「ああっ…………!」」」

 ストラトスたちは目撃した。石ころのように地味な蛹から、息を飲むほど可憐な蝶が飛び出すように――冬眠カプセルから、ひとりの乙女がすっくと立ち上がるのを。乙女。いや、女神と言ったほうが正しいのかもしれない……? 年の頃はおそらく12歳かそこいらで、全身「少女」という名の宝玉の輝きに満ちている。見る者を思わずひざまずかせるほどに眩しい、血の通った白い肌。夕闇の色をした髪は腰に到達する長さで、しっとりと背や腕やわき腹にはりついていた。信仰者たちを睥睨する眼は黄金で、幼さと凛々しさの共存する顔立ちは、女神の嫉妬を掻き立てるに十分な危うさを保っている。神々もこの美をば他の生物には許さなかった。ただうら若き乙女にのみ与えたもうた至高のつやめき。胸の2つの小さな膨らみ、その頂点を占める可愛い果実、綿のような臀部や、まったく無毛の性器、ぷっくらした割れ目でさえ、ストラトスたちの目には決して卑猥なものとして映らず、ただただ精巧で神聖な造形としか捉えられない。

『わが名は《真理のゆりかご》』

 少女が言い放つ。男たちはあたかも真理(ゲルタ)そのものから話しかけられているかのように錯覚し――あるいは実際そうなのかもしれないが――唖然とするばかりだ。

『地上にて、唯一、神々の血を受け継ぐ者。もっとも敬虔なる男と交わりを持ち、次代の真理王たるべき男児を産み落とす巫女』

(では、あの記述は本当だったのだ……!)

 ストラトスは震えながら、口の中でつぶやいた。《真理のゆりかご》。膨大な資料のなかで言及されていた真理(ゲルタ)の巫女。歴代の真理王はみな《真理のゆりかご》から産まれたという。しかし巫女の処女性は永遠のものである。なぜなら王たるべき男児を産むだけでなく、次の巫女を産む役目も負っているからだ。《真理のゆりかご》は王と自分の分身を地上に残してから神々の下へ帰還する。

『ゲルタ・ストラトス

 少女はストラトスに黄金の眼差しを投げかけ、

『時代は王を待ちかねている。…………貴公と交わりたい』
「……!」

 ストラトスの脳髄に驚愕と歓喜の津波が押し寄せる。ついにこの時がきたのだ。王の父たる資格を得た。巫女に認められた。信仰者にとってこれほどの光栄はない。ひどい立ちくらみを感じながらも、少女を抱きしめるべくカプセルへ一歩踏み出したところで――

 すさまじい爆音とともに、兵たちも、ストラトスも、カプセルも、少女も、火炎と瓦礫の暴風に襲われた。

* * *

 続く。