ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

【第1話】黒い砲身《ジム・キャノン》【連載01〜06まとめ】

***01***

 アナハイム・グループの傘下に置かれているオールド・ハバナシティ社の逸品、最高級紙巻タバコ「ドニゼッティ」をくゆらせながら、タレゾ大尉は退屈している警備兵を相手取り雑談に打ち興じていた。タレゾ大尉はすでに老年に差し掛かっていると言っても過言ではない齢にあったが、全身にみなぎる生気と、持って生まれた社交的資質によって、まだまだ新任の兵たちに後れを取らぬ若々しさを保っている。しかしそれはまったく表面上の観察によって見出される特徴に過ぎないことは、彼と付き合った全ての者の確信するところである。彼がいくつもの死線を乗り越え、冥府の恐ろしい霊魂たちとその運命の境界を接するたびに、己の身のはかなさと、人間の世のむなしさへ思いを募らせ、決して人前に明かすことのない、精神の内の深淵といったようなものを抱えていることは、言葉の端からも、身振りからも察されるのであった。そしてその心的な深みが、彼の表面上の若さに反して、その人柄、内面に、老兵特有の静かな威圧感を与えていた。

 「タレゾです。今日はドニゼッティを食べますぅ。オールド・ハバナシティ製。『紳士の楽しみ、仙境の味わい、カリブの郷愁、大人のひと時をあなたに。』アナハイムグループ。連邦政府認可。ハバナ産タバコ100%。タール35ミリ。ニコチン30ミリ。メンストール配合……」

 「大尉! 困りますな! こっちの新入りは、まだこの牧歌的な我々のフカヤ基地に来て数分と立たないのです。その大尉一流のジョークも通じませんからな。本当にタバコを食べるんじゃないかとヒヤヒヤして、ほれ、まるで氷柱のように硬直しております。あまりおからかいなさるな」

 「それでは、食べますぅ」

 「大尉! 大尉!」

 ゲート付近でわいわいとなされるこうしたやり取りを聞きつけて、耳の早い軽薄な連中はすぐに集ってくる。気の向くままにフカヤ市街に乗り出して、年ごろの女も年端のゆかぬ女も、みんな一緒くたに攫って食う、一週間に三人は食う、鬼みたいな剛毅な男たちの集まりではあるが、タレゾ大尉への敬愛の念だけは確かなものである。タレゾを前にしてすっかり当惑している新入りの兵は、畏怖と好奇心のこもった眼差しでこの老大尉の額に刻まれた戦の傷を見つめていた。

 「新入り、大尉の傷が気になるか」

 「はい。あれはいつ頃負われたものなのでしょうか」

 「話せば長くなるがな。まあ聞け。時間は無限にあるんだからな。戦場は宇宙だ。こんな辺鄙な田舎の基地には関係ない。時間だけは無限にあり余ってやがる。まあ聞けよ」

 コチョコチョ、コチョコチョ、と、自分の直属の部下たちを笑いながらくすぐり始めた大尉を尻目に、古参兵はタレゾの武勇譚を語り始める。実際これは新入りが配属されるたびに見ることのできる、フカヤ基地の日常的な風景である。基地に愛着を持つ戦士たちは、同じ釜の飯を食う仲間の英雄の武功を、あたかも自分の手柄のように誇りに思っているのだ。

 「一年戦争も末期、主戦場は宇宙に転じ、いよいよ連邦の命運が言わずと知れたあの宙域戦で決せられんとしている、そんな時勢だった。人を見る目のない、腐った官僚どもの画策によって机仕事の艱難を舐めさせられていた大尉は、広報部門、動画作成班において驚くべき戦果をあげられたのだ。そしてまさにその戦果こそが、大尉が英雄として地球の歴史に名を残す、かのジオン残党掃討作戦での電撃的勝利半神的活躍を予言する、勇壮な狼煙ともなった……」

 フカヤ基地の午前はのんびりと過ぎる。空にはアウドムラの姿一つとてなく、遠くネギ畑に牛の穏やかなあくびが響き、平和の使者たる鳩がジIIの肩で昼寝をする。地元のジャンク屋の親父が、軽トラで基地の周りをウロチョロしていたかと思えば、資材係の罵声に追い立てられながら、MSのパーツを見事な手際でいくつか盗んで去っていく。世が世なら是が非でもとっ捕まえ、銃殺にでも火刑にでも処すのであろうが、この宇宙から忘れ去られたような田舎とあっては、兵士たちも武器の不足を気にかけない。彼らの生活に必要なのは銃やMSや戦艦ではない。陽気な女と旨い飯、そして過去の武勲話なのだ。

 「――フカヤも堕落したものだな。宇宙(そら)から帰ってきてみれば、数年でこの有様。極度の忍耐を要する膨大な下準備、計画の綿密な調整も、まるで徒労だったらしい。赤子の手でもひねるように、事は簡単に運ぶだろう」

 そうした牧歌的な兵士たち、まるで神話時代の英雄のような彼らは気づいていなかったし、気づくはずもないのであった。

 望遠レンズを通して、不敵な視線が基地の上に注がれていることを。

 しかもそれは、宇宙世紀以前にトウキョーで建設され、後になってからここフカヤに移設されたという、「フカヤネギタワー」、旧名「東京スカイツリー」の展望室にたたずむ一つの黒い影によって注がれているものなのである。およそ地の利を理解し、あらゆる敵の可能性を考慮しなくてはならない警備兵ならば、まず第一に警戒するのがこの「フカヤネギタワー」であろう。基地全体を見渡すことの出来る高さを誇っているのは、フカヤ中この建物をおいて他にない。影は呆れたように肩をすくめると、颯爽とエレベーターに乗り込み地上へと急いだ。

 その影は――影といっても、彼はまさしく一人の人間に他ならないのだが――フカヤの上空に堂々君臨している、あの偉大なる太陽の光に照らされたことで、身に着けているものの異様さを明らかにされることとなった。薄暗いタワー内では漆黒に見えたそのジャケットには、短くも恐ろしいいくつかの句が血のような赤色で記されている。

 「   貴様らは逃れられない

     貴様らは赦されない

     貴様らは至らない

     貴様らこそ大罪だ    」

***02***

 黒ジャケットの男が無人ゲートを出る。1台の軽トラが彼の前に停車した。その荷台には何か大きな荷物が積まれているが、外からその中身を知ることが出来ないようにブルーシートが被せられている。男が助手席に乗り込むと、運転手は車を即座に発進させた。広大なネギ畑を突っ切る国道、ところどころアスファルトが剥げ、フカヤ行政が長年放置しているその道を、120キロの速度で南下。彼らはフカヤの最南部に位置する、フカヤネギ大集積庫へと向かっているのだ。

 「オメガジア親父、今日中には完成すると言っていたな。首尾はどうだ」

 「へっ、さっきかっぱらってきたパーツを組み込んで、マニピュレーターの調節をちょちょいとやれば、まあ1年間最前線で戦い抜けるくらいのマシンに仕上がりまさあ」

 「そうなるまでにはあと何時間要するのだ」

 「5時間を見といてもらいましょうや」

 「よし、2時間で頼む」

 「2時間! そりゃニュータイプでも無理ってもんで。何しろ人間の胴体には2本の腕しかくっついてませんからね。そりゃ腕の代わりになる最新の設備でもありゃなんとでもなるんでしょうが、あのにわか造りのガレージじゃ出来ることも限られて――」

 「これを納めておいてもらおう」

 男は懐からベージュ色したブロック状の物体を無造作に取り出し、それを運転手のオメガジアに突き出した。

 「これは……札束! 1000万はありましょうか!」

 「あれが出来上がった後に、また同じものをやる」

 卑屈な表情を浮かべ、嬉しそうに札束を受け取ったオメガジアは、それを豪快に自分のポケットに突っ込んだ。

 「へっへっへ。あっしのようなのは、これが好物で。こうなりゃ話は別でさあ。見事2時間でやってご覧にいれましょう。キーメンジャの奴にも心づけをやって、手伝わせることにしましてね」

 「どうもフカヤのジャンク屋というのは、最新設備なんぞよりも札束を与えておいた方が、早くて良い仕事をやるらしいな」

 「それはフカヤの者だけに限りませんので。どの大陸どのコロニーに住んでたって、人間は札束で動かされる動物でして。あっしの知り合いには、1000万の金のためなら自分の腕でも脚でもその場で切り取って見せようって手合いが、やはりゴロゴロおります。札束は人間から不可能ってやつを取り除くんですわな」

 「ほう、観察家だな。人間札束を投げ与えられると、MSの組立や修理だけじゃなく、人類学までおっ始めるらしい。その内に偉い学者にでもなるんだな」

 「その内に、といいますのは……?」

 「これからも貴公を贔屓にしておいてやろうというのだ。札束が好きなら嫌というほどくれてやる。その代わり我々のこの偉大な事業に助力を惜しまんでくれたまえ。実際、金のみを判断基準とする人間は重宝するものだ。真理の秩序を宇宙にもたらすためには、貴公のようなのも使っていかなくてはならん。真に求められる目的のためであるならば、手段は問われないのだ。実際真理のためであったら人間ごときが被る犠牲、人間ごときが生み出す危険など何ほどのものだろうか? 事実ニュータイプとして覚醒した若者たちが新たな時代を築く足がかりを得るまで、こうまで激しい戦争が必要だったのだから。そしてその戦争ですら、真理の前ではあまりに些細な事件なのだよ。……おっと、貴公のような下賤の者にこのようなことを語っても仕方がなかったな。これは迷惑料だ、受け取りたまえ」

 「なんの、いくらでもお話には付き合いまさね、旦那は親切にもあっしらの生活を助けてくれるんですから、お話くらい何の迷惑なことがありますかい。キーメンジャの野郎にくっちゃべられるよかずっと気分が楽しいし、勉強にもなりますんで」

 軽トラはやがて、収穫された市内全てのネギが集まる大倉庫地区に姿を消していった。加工施設も兼ねる、大小様々な倉庫が林立するその一帯は、農民と連邦軍人と一部の支配階級以外の、ほとんどのフカヤ民が人生の大半を過ごす労働の場である。地平線の果てまで続くかと思われるこの倉庫の森で一人の尋ね人を捜そうとすることは、失くしたブローチをア・バオア・クー宙域で探すに等しい無謀と言えよう。そのため極めて奇妙なことに、フカヤのアウトローたちは路地裏や薄暗い地下通路などに拠点を置くのでなく、倉庫と倉庫の隙間や、あるいはもっと大胆に、倉庫の中のネギまみれ空間を根城としている。一部の倉庫などは公然と逆賊ギャングに占拠され、四六時中のジオン国歌や愛国唱歌などをたれ流していさえするのだ。

 ひとたびこのフカヤのパンドラボックスに侵入した軽トラは、完全に警察や軍隊の目から逃れたことになる。実は盗品の運搬先、つまりオメガジア親父の拠点は、使われなくなって放置された、さびれた大倉庫なのである。オメガジアは窃盗の常習犯であったが、警察も盗品のありかを突き止められずにいる。そもそも突き止める気があるのかどうかも怪しいのであったが。

 「さ、到着しましたや。作業の進み具合をご覧になりますかね?」

 軽トラはオメガジアの城である、ジャンクが山高く積み上げられた倉庫前の空き地に止まった。車から降りた2人は、だだっ広い倉庫の中へと吸い込まれていった。

 「いや。貴公のことは信頼している。2時間後には確かに一戦奴らと交えることになるだろう。一眠りして英気でも養っておくことにする」

 「ええ、そうするのがよろしいでしょうな」

 「では2時間後、起こしてくれるように」

 「へえ。確かにそうします」

 男はジャケットを脱いでオメガジアに渡した。ジャケットの下に身につけていた黒のパイロットスーツには、男の豊富な実戦経験を証明するかのように、いくつものスレや傷が刻まれている。オメガジアに一瞥くれてから、彼は入り口のすぐ右手にある、仮眠室といったような部屋に入っていった。オメガジアは脇に止めてあるフォークリフトの運転席にジャケットを掛け、この倉庫の中央にそびえ立つ1機のMS(モビルスーツ)を見上げた。
 
 「自分の仕事ながら、まあよくぞここまで出来たもんだよ」

 白を基調としたカラーリング赤い胴体黄色の胸部ダクトなど、一目で邦軍の機体と分かるあの特有のデザイン。敵をにらまえるための頭部カメラはスカイブルーの透明強化素材に守られているが、漢字の「凸」型をしているそのゴーグルが、MSの顔に穏和な表情を与えている。ジム(GM)だ。それも旧式のジム。基地に配備されているジムIIは、この旧式ジムのマイナーチェンジである。それでもまあ、いくら旧式とはいえ、このフカヤののんきなネギ倉庫に、ジムが意気揚々と直立し、戦いの時を待ち望んでいるのだ! 市民が知ったら驚いて腰を抜かしてしまう。

 しかしこれだけでは、この機体の描写が完全なされたとは言えないだろう。――左肩部に取り付けられている巨大な砲身のことに言及しなくては! 天窓の日光に黒光りする、その戦艦の主砲にも劣らない威容は、このジムがただのジムでないことを堂々と主張している。

 ――ジムキャノン

 このタイプのMSは、連邦軍の兵隊たちからそのように呼ばれているのだった。ジムに砲(キャノン)を取り付けた機体だから、ジム・キャノン。安易なネーミングだが、その設計思想もまたいたって単純なものである。遠距離砲撃をするジム。これがただ1つの明快なコンセプトだ。ジムはキャノンを与えられ、強力な遠距離攻撃が可能となった。その代償として――何でも物事には代償が必要である――機体の左右バランスは大きく崩れ、地上における操縦にはパイロットの熟練度が試されるとともに、砲の重量のために機動性がかなりの程度損なわれてしまった。バルカン・ポッドはパージされているし、ビーム・サーベルで格闘戦を挑むことも出来ない。

 「あと2時間か。まあ2000万ももらちまっちゃ、出来ないはずないやね。……おいキーメンジャ! キーメンジャ! 仕事にかかるぞ!」

 背中に「鬼面蛇」という刺繍のある筋骨隆々の男、男というよりも野獣と言った方が正しいかもしれないが、その半裸の荒くれキーメンジャは、ガラクタの蔭からオメガジアに飛びかかるようにして現れた。

 「2000万って何のことだな? 聞こえてるんだよ」

 「ちぃっ、迂闊に口に出すもんじゃねえや」

 「あのゲル……なんちゃらとかいう、狂った旦那が金をくれるのかい」
 
 「そうだ。だがまず働かなくちゃならない」

 「働く。そして、金を貰う。そうだな?」

 「ああそうだ。さっそく車の積み荷を降ろしてこい!」

 2人は楽しそうに仕事に取りかかった。 

***03***

 「……というわけなのだ。タレゾ大尉の額の傷には、オデュッセウスの脚の古傷とでもいったように、見るものにその武勇を思い出させずにはおかないこうした伝説的な由来があるのさ!」

 「感服致しました、曹長殿。自分も早く大尉のような手柄を立て、この海と緑ののため真に大なる貢献を果たしたいものです。さしあたっては大尉殿にこの上ない尊敬と畏怖の念を捧げまして、たゆまぬ忠勤ぶりをご覧いただきたいと存じますが」

 「だ、そうですよ大尉殿。また大尉を崇拝する一人の尖兵がこのフカヤに生まれましたな」

 「部下の愛情が胸の中に広がって……うん、OC!」
 
 宇宙世紀0080年以降流星のようにもたらされたタレゾ大尉の痛快な活躍ぶりが、老ホメロスの吟唱にも劣らぬ堂々たる格調を保ちながら叙事詩的に語り尽くされた。こうしてフカヤ基地の兵たちは新入りへの歓迎の儀式を一通り終え、本当の意味で新参者を自らの仲間としたのだった。神話を共有するということは、組織内に強力な結合と調和を実現するということでもある。タレゾ大尉の神話を共有することで、フカヤ基地の男たちは堅固なアイデンティティを抱くことが出来るのだ。

 「それじゃあ我らの新たな戦友よ、本当の意味で我々は戦友同士となったのだからな、さっそく街に繰り出そうじゃないか。街には女がいる。女は俺たち兵隊を視界に捉えるやいなや、きゃっきゃと笑って逃げ出す。それをまるで地獄の猟犬のように追い回し、野ウサギみたいに捕まえちまうのさ。そんでトラックの荷台に詰め込んで、基地のレクリエーションルームに連れてくる。そっからは軍服脱ぎ捨て無礼講、愉快な晩餐と舞踏会の始まりだ。狩りと社交、まあ一種の貴族的娯楽だな」

 頃合いを計ってさっそく、整備兵の一人が女狩りの提案をする。彼は朝からどうも人肌恋しくてうずうずしていた口なのだ。そう思っていたのはしかし一人だけではなかった。この提案に賛成する者たちが、一斉に高らかな喚きを上げる。

 「そうすることにしようや! どうもこの新兵、女を抱いた経験がないと見える。実際どうなんだ。お前の故郷の女の味はどうなんだ」

 「軍曹殿ご推察の通りです。自分は女というものをまだ知りません」

 「ほれ見い! フカヤの女というものを教えてやろうや! あの小鳩たちなかなか悪くない器量を持ってるよ」

 「だが一体どんなのを狙うことにしようか! 若いのか、熟れたのか、下賤の奴か、それとも上等な身分の奴か。いずれも俺たち天下の連邦軍の男たちにとっては、雑作もなく組み伏せられる相手なんだが」

 「俺はもう夫のある、熟れた女がいいと思うぜ。女の柔らかい肉体の具合がいいってのはもちろんのこと、間抜けな夫の顔を想像するだけで面白くなっちまって、ありゃ愉快だからなあ。連邦軍万歳!」

 「野郎馬鹿言うない、老けたオバンを抱いて何が愉快なんだ。俺は若いのを狙うべきだと断固主張するね。それも特に若くて新鮮なやつをさ。ちょうど今日はフカヤ第一女子中等学校半ドンの日じゃなかったか? 下校する可愛い少女たちを待ち伏せてさ、オキアミを飲み込むクジラみたいに、100人でも1000人でも荷台に押し込んで連れて来ちまうのさ」

 「と、なると、素朴で陽気なネギ百姓娘じゃなくて、市街地のひらけたお嬢さん方を我らのパーティーにお招きするというわけだな。保護者がまたうるさいことを騒ぎ立てるんじゃないか」

 「へん。そうなりゃ平和の使者ジムIIが仲裁に入るまでよ。俺たちの基地にだってビーム・ライフルはあるんだ。きっと向こうから泣いて仲直りを要求してくるぜ。博愛主義の俺としちゃ、そうした仲直りはやぶさかじゃない。何より楽でいい」

 「お前らムクドリみたいに自分の欲ばっかりわめき立ててるが、大尉のご意見を伺おうじゃないか。どうだ」

 「賛成だ」

 「そうするべきだ」

 「もちろん大尉のご意見は尊重されるべきだ、何よりもまず第一にな」

 「大尉、今日はどういった趣向で女を楽しみましょうかね。新兵の歓迎会も兼ねましてね、一つ盛大に」

 「えー、今日は……今日の趣向は……今日のコンセプトは……」

 欲望に目をギラつかせた男たちが、行儀よく大尉の返答を待ち受ける。タレゾ大尉は一呼吸おいてから、にっこりとした顔で答えた。

 「今日のコンセプトは……素人にしてはなかなか凄い脱糞、だな」

 「な……なるほど」

 「そう来ましたかい」

 「そんなら獲物は若いのに決まりだな。中等学校の女子生徒を狩ることにしようや。そうだろう諸君? 脱糞ということについて、無垢な少女たちは永遠の素人と言えようからな。熟れ女の排泄など見ても仕方あるまい。胸が悪くなるだけだ」

 「それがいいや。大尉殿のおっしゃることはもっともだよ。今日は素人の、すなわち可愛い少女たちのなかなか凄い脱糞を楽しもうや。見てもよし嗅いでもよし、触っても舐めても食ってもよし、虐めてよし虐められてよし、俺によしお前によし、おきゃんな娘に大変よし!」

 思い立ったが吉日、勇ましい叫びの男たちはさっそく街に乗り込むべくガレージのジープに飛び込む。よく気の利く数人の者は、ウイスキーのビンや上等の葉巻、電子ドラッグ、弾の装填してある拳銃、メリケンサック、拷問用の指詰めペンチなどを後部座席の足元に投げ入れた。捕らえた少女たちを護送するための10トントラックは、この狩猟の指揮官であるタレゾ大尉と彼の女房役である曹長が担当する。

 「助手席にどうぞ、大尉。自分が運転します。もし小腹など空いておりましたらそこのバスケットのバナナを召し上がって下さい。今朝、朝市で買ってこさせたものです。大尉はバナナに眼がありませんからな」

 「ヴァララを食べますぅ! ――うん……ふふっ……OC!」

***04***

 ジャブローからも忘れ去られた田舎のフカヤ基地は、こうしてそこに詰める兵たちが一斉に外出したことで、ほとんど無人といっていいくらいに閑散としてしまった。一応門番や必要最低限の見張りは置いてあるけれども、彼らもまた居眠りをしたり愛すべき大尉を見送りながら酒を胃に流し込んだり、敵襲などというのはおとぎ話か何かと思っている様子だった。しかしそれも当然のことといえば当然のことなのかもしれない。なぜならやはりフカヤ基地を襲おうなどという敵は、それこそおとぎ話の中くらいにしか存在しないだろうから。政治的要所が近くにあるわけでもなく、MSの配備だって貧弱、わざわざ鹵獲しに来る程充実しちゃいない。本当に何のために設置されているのか分からないような基地なのだ。まさかフカヤネギ畑を守るためじゃあるまい。確かにフカヤネギは地球のみならず、あらゆるコロニーで珍重される高級食材ではあるが。

 「――満足な仕上がりだ。オメガジア、キーメンジャ、貴公らの協力に感謝する」

 「いえそんなことたあお安いご用で」

 そんな怠惰と暢気のフカヤ基地を、MS上から見つめる男が一人。基地内の各種設備を望遠モードで観察し、どこから「手をつける」か思案しながら、マシンの感想を無線通信で漏らしていた。そのMSとは言わずもがな、フカヤネギ大倉庫で先ほどまで整備されていたジム・キャノンであり、それに搭乗しているのは黒ジャケットを着ていた男、今は漆黒のパイロットスーツに身を包んだ男である。

 「おかげでこちらも儲けさせてもらえたというもんで。旦那が満足ならあっしらも満足でさあ」

 男が宇宙(そら)から持ち込んだジム・キャノンを3日かけて直した無免許整備士の2人は、立ち上がったジム・キャノンをホクホク顔で見上げている。彼らはこの大仕事によって、総額3千万ほど儲けたのだ。これはフカヤ市民の平均年収の10倍にあたる巨額の金である。

 「しかしこれはほんの好奇心からお尋ねするんですがね、旦那はそのMSを何に使うんで? そりゃ左肩のキャノンに3発の弾を込め、100mm規格のMS用マシンガンを用意させたとなれば、そりゃ、畑を耕したりするんじゃねえってことは分かりますが」

 「私は時代を変革に導く真理の尖兵である。神々によって要請された大事業は、この郷里から開始されなくてはならない。こののどかな土地には不釣合いな、あの腐敗した軍事施設を占領し、宇宙に最終秩序をもたらす最前線の砦となすのだ。そこには私と志を同じくする者たち、過渡期の統治形態によって迫害された無辜の民が集結し、新時代の到来を今か今かと待望する。それは人類の歴史中もっとも美しい一期間であり、胸の高鳴りと希望の誘致は人のあらゆる業を浄化するだろう」

 「どうも……旦那の言うことは難しくて」

 「そうか。なら貴公に一つだけ忠告しておこう。これから数時間、このフカヤネギ大倉庫から外へ行かないほうがいい。怪我をするといけないからな」

 「となると……さっそくこのMSで、おっぱじめるんですな!」

 「無論。どうやらちょうど、兵どもが基地から離れているらしい。攻撃を開始するなら今だ」

 「へえ。おそらく女狩りにでも行ったんでしょうよ」

 「……ではとにかく、世話になったな。またすぐに会おう、オメガジア、キーメンジャ」

 ジム・キャノンはものものしく一歩を踏み出した。倉庫の影から突然MSが現れたために近くの労働者全員は度肝を抜かれ、逃げ出したり通報したり、大パニックを引き起こした。キーメンジャが無線通信トランシーバーを口に当て、別れの言葉を男へ告げる。

 「すぐに会えたらいいがそうもいきますまい。荒事だからなMSを暴れさせるとなると。俺はそういうのが好きでたまらないんですがねえ。旦那、俺はあんたが気に入ってるからどうかおたっしゃで。また仕事を下さればよろこんで一生懸命せかせかとやりますぜ」

 「さらば」

 無線は絶たれた。それとまったく同時に、緊急事態を知らせるサイレンがフカヤ全体に鳴り響き始めた。倉庫労働者から通報を受けた警察は所属不明MSの出現を目視で確認し、突飛も無い、いたずらかと思われるようなその通報が事実であることに気づいたのだった。

 「ひとまずここから立ち退かなくては何も出来ん。こんな所で大砲(キャノン)を撃ったら衝撃で労働者たちが怪我をする。それだけならまだいいがあの優秀な男たちの倉庫が壊れるかもしれないからな。あそこは重宝する。これからもMSのドックとして使わせてもらおう」

 フカヤの大地を揺さぶる轟音を上げながら、ジム・キャノンは足元に注意をしつつ大倉庫地区を脱出すべく移動する。倉庫労働者は逃げ惑い、置き去りにされたネギがところどころに散らばっていた。午後の日差しがMSの左肩に堂々とそびえるキャノンを照り輝かせ、両手でしっかりと握っている100mmマシンガンに威圧的な反射を与えていた。武器と言えばその2つのみで、シールドなんて贅沢なものはないし、ビーム兵器も用意しなかった。マシンガンの実弾もそれほど多くない。現在装填されている弾が全てである。弾切れになればその時点で戦闘は終了だ。ビーム・サーベルで戦うことは出来ないし、バルカン砲もないから、重いキャノンを切り離してでも退却しなくてはならない。

 「まあそんな心配は無用だろうがな。奴らめ、見たところすぐに動かせるジムIIを1機しか待機させていない。後は起動に時間がかかる状態でほったらかしになっている。全8機中、1機はビーム・ライフルを持ってパイロットも近くに控えているが、7機はパイロットも整備の担当者もないまま寝かされている始末だ――さあ、始めるか」

 倉庫の森を抜け出しフカヤネギ畑に片ひざをついたジム・キャノンは、駆けつけた警察車両に取り囲まれてはいるが、それを蚊ほどにも気にすること無く左肩のキャノンの照準を合わせる。標的はおよそ7キロ先に見えている、フカヤ基地内の直立したジムII。差し当たっての高脅威目標というわけだが、あれさえ破壊してしまえば後はずっと楽になる。基地内の火災鎮火、怪我人の救出、MSへの駆け込み、混乱、叫喚。1機のMSの破壊は、堕落した基地に恐ろしい致命的な混沌をもたらすのだ。ジム・キャノンのパイロットは目を閉じ、呼吸を整え、荘厳な調子で神々に祈りを捧げる。

 「――永遠なる唯一神ゲルタヴァーナと十一の怒り司る神々よ、我と我が身の探究のみならず、人として産まれ人として生存するかぎり全ての民にその慈悲深き恩寵をお与え下さりますよう。今、これから、あと数秒もすれば、史上もっとも激烈な宗教的戦闘と無際限の勝利が、真理探究(ゲルタヴァーナ)のために捧げられるのです。そしてそれはこの偉大な人類の導き手である私――真理王の手によってなされるのだということ、どうぞお忘れなく……!」

***05***

 「照準……良し。地獄の業火に苦しみ悶えるがいい!

 ――ジム・キャノンの砲身は鬨の声を上げ、フカヤ基地めがけ容赦なく突き進む無慈悲な征矢を放った!

 真理に背く全ての邪悪を貫き、堕落に溺れる惰弱な魂を撃滅する、憤怒を帯びた地獄の魔弾!

 「…………命中

 * * * * * *

 「消火作業急げ! サイレンは停止させろ! これがジャブローや市の警察に知られたら事だ!」

 「バカたれ! もう市警察は気づいてるぜ! こんなに轟音を聞き逃すほどのマヌケじゃねえや! 手遅れだよ!」

 「まだやられてないMSを出せ! これはただ事じゃない! きっと敵襲だぞ!」

 「見張り番は何をやってやがったんだ! 敵の姿はないのか!」

 「フカヤネギ大倉庫付近にてMSを目視で確認したとのことです! 市の警察が!」

 「何で貴様よりも市の警察がMSを先に発見してるんだよ! 貴様の仕事は一体なんだったんだ!」

 「敵が来るなんて夢にも思わなかったんだよタコ! どうせ人間死ぬときゃ死ぬんだ! さっさとここを引き上げろい! こんな基地と心中することねえや!」

 「タレゾ大尉たちはどこだ!?」

 「女狩りに出てったところだ! すぐには駆けつけてこれまい!」

 「畜生が! 畜生が! バイバイ! 俺ぁ逃げる」

 フカヤ基地は恐慌状態に陥った。ジムIIが突如爆発、炎上。爆炎に包まれた3人の兵士が冥府への旅路についた。飛来した弾はジムIIのコクピット部分に命中し、操縦者を蒸発させたのみならず、基幹部の火災を生じさせたのである。モビルスーツの部品は散乱し、逃げまどう兵士たちの足下を掬う。

 「タイトが転んで足を挫いた! 火の手が迫ってる!」

 「命が惜しいなら放っておけ! 自分の命は自分で世話しろい! ここで死ぬようなマヌケは火葬の手間が省けていいや!」

 「畜生! タイトは俺の恋人なんだ! 貴様救出に手を貸せ! 貸さなきゃ撃つぞ!」

 「このホモ野郎! ピストルで脅しやがって! 助けりゃいいんだろ畜生が! かしこまり!

 火災は基地内の至る所で誘爆を招き、時間が経過するごとに逃げ遅れた兵士、あるいはMSや戦車に搭乗しようとした兵士の命を舐め取っていく。ジムIIへの初弾命中から4分後、ようやく1人のパイロットがかろうじて無傷な状態にあるジムIIへ乗り込んだ。

 「敵はどこだ! といっても、ビームライフルが爆発しちまった! 武器がサーベルとバルカンしかねえや!」

 地上は灼熱の海。寄せては返す炎の波が、立ち上がったジムIIの脚部をじりじりと焦がす。大きな音を立てて、ドッグの鉄橋が崩れ落ちた。照明器具のガラスが熱のために次々と割れて、鋭利な破片が地面に降り注ぐ。

 「どこだ! 敵はどこだってんだよぉ!」

 「ここだ」

 「な……なにぃ! いつの間に!」

 ジムIIのパイロットは驚愕した。フカヤ基地の所属でないことは明らかな、一機の旧式のMS、ジム・キャノンが、自分の背後に忍び寄っていたのである。それも肩のキャノンをこちらに向け、今すぐにでも発射出来る姿勢で。外部スピーカーを通して聞こえたジム・キャノンのパイロットの声は、どうやら若い男のものらしかった。老練な操縦士であることを何よりも誇りにしているジムII乗りの彼にとって、得体の知れない若造に背後を取られたことはいたくプライドを傷つけられる事件である。振り向いたジムIIは、背部に装置されているビーム・サーベルを抜くことも出来ないまま、両手を上げて降参の意を示した。

 「誰だか分からんがなんでこんなことをした! こんな基地を襲っても仕方ないだろうが! お前はエゥーゴか? ティターンズか? はたまたジオンの残党なのか?」

 外部スピーカーで怒鳴りつけるように問いつめるジムII。

 「答える必要はないな」
 
 「こん畜生! じゃあお前は今からジオン野郎だ! この宇宙人が! 連邦のMSに乗りやがって、え? ザクはどうしたザクは? ぶっこわれでもしたのか! 直せやしないのかその足りない脳味噌じゃあよぉ! 悔しかったらさっさとサイド3に帰ってズーズー弁のジオンニストママおっぱいでもしゃぶりやがれ! このジオンなまりが!」

 「貴様は盲目か? コクピットにキャノンが向けられているのが見えないらしいな。あまりにふざけたことを言うと殺す」

 「へん! 殺すだあ? そんなこたぁタコでも分かるんだよ! それより俺が気持ち悪くてしょうがねえのは、なんでお前、ジオン野郎、早いところぶっぱなしちまわねえんだ? 殺してえならさっさと撃ちゃあいいものをよ!」

 「ではお望み通り撃ってもやろう!」

 ジムIIの挑発を受け、黒い砲身は再び死の熱弾を放った! しかも今度は至近距離である。弾の到達速度はまばたきよりも速い! 狙いは容赦なく、コクピット。直撃すれば間違いなくパイロットは一瞬のうちに蒸発して命をむなしくしてしまうだろう!

 「――待ってたぜ! あらよっ!」

 だがしかし! 田舎の寂れたフカヤ基地にも、とんだ掘り出し物が埋まっていたものだ! このジムIIのパイロットの腕は、その辺のエリート・コースを辿ってきた士官などとは比べものにならないほど巧み! 品行不良にして態度も不真面目なため、こうして左遷されてはいるものの、実力を発揮するこうした機会さえあれば、どんな困難も切り抜けてみせよう、ニュータイプだって撃墜してみせようという男なのである、今ジムIIに乗って戦っているパイロットは! 果たして何が起こったのか? ――なんとまあ、ジムIIはこの距離でキャノンから放たれた弾を回避したのである! 発射してから避けたのでは到底間に合わなかったろう。ベテランの戦士にのみ許される絶技! 一種の戦闘の呼吸を察知することによって、相手の武器の引き金が引かれる瞬間を先読みしたのだ! 回避行動は弾が放たれる以前に開始されており、弾が発射された後は、すでにその死の弾道から逃れおおせていたのである!

 「俺が戦いってのを教えてやるよ、ジオンの若造」

 砲撃の反動でよろめいたジム・キャノンを前に、ジムIIは抜刀した。ルナ・チタニウムをも切り裂く刃、旧式ジムのものよりも高出力のビーム・サーベルが、基地を包む炎と同じ色である鮮やかなオレンジに光輝く

***06***

 ビーム・サーベルを斜に構えるジムIIに対して、ジム・キャノンは100mmマシンガンの銃口をゆっくりと向けた。至近距離の闘いにおいては、構える、狙う、引き金を引く、の3つのアクションを要求される銃よりも、剣の方が圧倒的に有利である。しかしながらその優位を放棄するかのように、ジムIIはマシンガンで己を狙わせるがままにしたのであった!

 「もう一度ぶっ放してみろ。何度でも避けてやる。ジオン野郎の鉛弾なんざ、へっ、ガキの当て身よりもへなちょこと来てやがるぜ」

 老兵の蛮勇! 幾多もの死線をくぐり抜けてきた人間にとっては、もはや己の命すら興奮の快楽を追求するための手段に過ぎなくなるのだ!

 「愚かな。先ほどの砲撃はそもそも貴公を狙ったものではなかったのだ。後ろを見てみろ! 真の目標はあれだったのだ!」

 ジム・キヤノンはマシンガンのグリップから左手を離し、ジムIIの後ろを指さした。

 「何ぃっ!」 

 「馬鹿め! 本当に後ろを向いたな!」

 「――ああああ!」

 高度な頭脳戦! 見事な話術によって、相手のパイロットの注意を自分から逸らさせることに成功したジム・キャノンは、今ぞこの時とばかりに、100mmの銃弾を暴風の如く吐き出す! 重々しい地響きを立てながら射出される熱された金属の弾が、ジムIIの装甲を蝕むように破壊していく!

 「だまし! やがった! 卑怯なり! ジオン! ああああ!」

 被弾に伴う激烈な衝撃により、コクピット内はまるで脱水機のように揺れ動き、パイロットの脳にダメージを与える。

 「だが! くそぅ! なんとかしなくちゃなるめえ!」

 肉体のダメージよりも重要なのは、このままあと3秒被弾し続けた場合、装甲を貫いた銃弾や金属片が基幹部、ないしはコクピットに侵入し、MSが致命的な損傷を受けることとなるということである。

 だが――もうどうなるものでもない!

 ジムIIはビーム・サーベルを取り落として、ノックアウト寸前のボクサーのように、銃弾のジャブをどてっ腹に喰らいふらふらと後ずさる!

 「タレゾ大尉、タレゾ大尉万歳! フカヤ基地万歳!」

 銃声にかき消された最後の叫びは、誰の耳にも届かなかった。内部機関が誘縛の連鎖を起こし、ジムIIは盛大に炎を噴きながら倒れた。ひしゃげた装甲の間からむき出しになったコクピットには、もう人とは認識することのとても出来ないような、黒い焦げが残っているのみである。その焦げこそ先ほどまでこのMSのパイロットだった男の残滓なのだ。人間とはなんとまあこれほどまでに脆いものであろうか。

 その後ジム・キャノンを止めることの出来る者はなく、フカヤ連邦軍基地は突如現れたこのMSを、ただ暴れさせるがままに暴れさせておくこととなった。兵士たちは街や農村や大倉庫地区に逃げ込んだが、そのまま帰ってこない者もあった。臨時に設けられたフカヤ基地奪還作戦本部は、フカヤ市役所を不法に占領したタレゾ大尉を首班とし、なんとか事態を収束させようと知恵を搾り合う。フカヤ市警察は独力での対応が不可能であると判断し、連邦の援軍を要請しようとしたのだが、フカヤ基地の軍人たちに力づくで阻止されることとなった。フカヤ基地の男たちは、事件が大きくなることを望んでいないのだ。

 「これは俺たちだけで片をつけるべきだ。ジャブローなどに知られる必要はない。そうでしょう、タレゾ大尉」

 「うぅ……頭が……痛いですぅ……」

 「タレゾ大尉はお疲れだ。お休みいただこう」

 「頭が…………痛い……」

 頑健であることが何よりの取り柄だったタレゾが、珍しく体調不良を訴えている。市長室のソファに深々と座りながら、頭を重そうに抱えている彼の姿を見て、部下たちは自分のことのように心配になった。

 「痛い……頭…………おれ……は……ZEUS」

 「大尉? 大尉!?」

 「ゼウス! ゼウス! レベル8。 アウスメンストール。 ゼウス! うん、OC。うん、OC.うん、OC。メンストール。それでは…………戦いますぅ! 戦いますぅ! 戦いますぅ! わたし……おれは…………たれぞうだよ!!!!!」

 タレゾはほとんど狂乱の状態に陥った。暴れる彼をなんとか押さえつけようとする部下は、もう若くないはずの大尉に隠されていた鬼のような力に驚かされた。タレゾは自分を妨げるもの全てを振り切り、何かにとりつかれたかのように、どこか彼にしか分からない目的地を一心不乱に目指し始めた。

 「たれぞうですぅ! たれぞうだよ! たれぞうだぜ! おれは………………宇宙(そら)が聴こえる…………宇宙(そら)の意志が……ZEUS! 人類の革新……ZEUS! 何かおれは大事なことを忘れている気がする! 何かわたしは大事なことを忘れていますぅ。それでは、確かめに行きますぅ。ジープに乗りますぅ。うん、OC」

 ジープを駆って彼が目指すのは――他でもないフカヤ基地のある方角である。アクセルは全開、200Km/hの高速でひたすらに進む。その後ろを部下たちが必死に追いかけてきている。

 「大尉はフカヤ基地に戻るおつもりらしい!」

 「留守番の連中が基地を守らないから!」

 「今さら言ったってしょうがあるめえ! とにかく大尉を止めないとまずいことになるやね!」

 タレゾとその部下たちからは、未だ基地を破壊し続けているジム・キャノンの姿が見えていた。警察のサイレンは鳴り止んでいない。基地内の施設が一つ崩壊するごとに、鉄骨が地面に落ちる際に発生する猛獣の唸りのような轟音があがった。その音も、街にいた時から彼らの耳に届いていた。

***(続く)***