ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

【第一話】黒い砲身 06

 ビーム・サーベルを斜に構えるジムIIに対して、ジム・キャノンは100mmマシンガンの銃口をゆっくりと向けた。至近距離の闘いにおいては、構える、狙う、引き金を引く、の3つのアクションを要求される銃よりも、剣の方が圧倒的に有利である。しかしながらその優位を放棄するかのように、ジムIIはマシンガンで己を狙わせるがままにしたのであった!

 「もう一度ぶっ放してみろ。何度でも避けてやる。ジオン野郎の鉛弾なんざ、へっ、ガキの当て身よりもへなちょこと来てやがるぜ」

 老兵の蛮勇! 幾多もの死線をくぐり抜けてきた人間にとっては、もはや己の命すら興奮の快楽を追求するための手段に過ぎなくなるのだ!

 「愚かな。先ほどの砲撃はそもそも貴公を狙ったものではなかったのだ。後ろを見てみろ! 真の目標はあれだったのだ!」

 ジム・キヤノンはマシンガンのグリップから左手を離し、ジムIIの後ろを指さした。

 「何ぃっ!」 

 「馬鹿め! 本当に後ろを向いたな!」

 「――ああああ!」

 高度な頭脳戦! 見事な話術によって、相手のパイロットの注意を自分から逸らさせることに成功したジム・キャノンは、今ぞこの時とばかりに、100mmの銃弾を暴風の如く吐き出す! 重々しい地響きを立てながら射出される熱された金属の弾が、ジムIIの装甲を蝕むように破壊していく!

 「だまし! やがった! 卑怯なり! ジオン! ああああ!」

 被弾に伴う激烈な衝撃により、コクピット内はまるで脱水機のように揺れ動き、パイロットの脳にダメージを与える。

 「だが! くそぅ! なんとかしなくちゃなるめえ!」

 肉体のダメージよりも重要なのは、このままあと3秒被弾し続けた場合、装甲を貫いた銃弾や金属片が基幹部、ないしはコクピットに侵入し、MSが致命的な損傷を受けることとなるということである。

 だが――もうどうなるものでもない!

 ジムIIはビーム・サーベルを取り落として、ノックアウト寸前のボクサーのように、銃弾のジャブをどてっ腹に喰らいふらふらと後ずさる!

 「タレゾ大尉、タレゾ大尉万歳! フカヤ基地万歳!」

 銃声にかき消された最後の叫びは、誰の耳にも届かなかった。内部機関が誘縛の連鎖を起こし、ジムIIは盛大に炎を噴きながら倒れた。ひしゃげた装甲の間からむき出しになったコクピットには、もう人とは認識することのとても出来ないような、黒い焦げが残っているのみである。その焦げこそ先ほどまでこのMSのパイロットだった男の残滓なのだ。人間とはなんとまあこれほどまでに脆いものであろうか。

 その後ジム・キャノンを止めることの出来る者はなく、フカヤ連邦軍基地は突如現れたこのMSを、ただ暴れさせるがままに暴れさせておくこととなった。兵士たちは街や農村や大倉庫地区に逃げ込んだが、そのまま帰ってこない者もあった。臨時に設けられたフカヤ基地奪還作戦本部は、フカヤ市役所を不法に占領したタレゾ大尉を首班とし、なんとか事態を収束させようと知恵を搾り合う。フカヤ市警察は独力での対応が不可能であると判断し、連邦の援軍を要請しようとしたのだが、フカヤ基地の軍人たちに力づくで阻止されることとなった。フカヤ基地の男たちは、事件が大きくなることを望んでいないのだ。

 「これは俺たちだけで片をつけるべきだ。ジャブローなどに知られる必要はない。そうでしょう、タレゾ大尉」

 「うぅ……頭が……痛いですぅ……」

 「タレゾ大尉はお疲れだ。お休みいただこう」

 「頭が…………痛い……」

 頑健であることが何よりの取り柄だったタレゾが、珍しく体調不良を訴えている。市長室のソファに深々と座りながら、頭を重そうに抱えている彼の姿を見て、部下たちは自分のことのように心配になった。

 「痛い……頭…………おれ……は……ZEUS」

 「大尉? 大尉!?」

 「ゼウス! パイロットにはレベルが5まであります。ゼウス! わたしのレベルは10です。 ゼウス! うん、OC。うん、OC.うん、OC。メンストール。それでは…………戦いますぅ! 戦いますぅ! 戦いますぅ! わたし……おれは…………たれぞうだよ!!!!!」

 タレゾはほとんど狂乱の状態に陥った。暴れる彼をなんとか押さえつけようとする部下は、もう若くないはずの大尉に隠されていた鬼のような力に驚かされた。タレゾは自分を妨げるもの全てを振り切り、何かにとりつかれたかのように、どこか彼にしか分からない目的地を一心不乱に目指し始めた。

 「たれぞうですぅ! たれぞうだよ! たれぞうだぜ! おれは………………宇宙(そら)が聴こえる…………宇宙(そら)の意志が……ZEUS! 人類の革新……ZEUS! 何かおれは大事なことを忘れている気がする! 何かわたしは大事なことを忘れていますぅ。それでは、確かめに行きますぅ。ジープに乗りますぅ。うん、OC」

 ジープを駆って彼が目指すのは――他でもないフカヤ基地のある方角である。アクセルは全開、200Km/hの高速でひたすらに進む。その後ろを部下たちが必死に追いかけてきている。

 「大尉はフカヤ基地に戻るおつもりらしい!」

 「留守番の連中が基地を守らないから!」

 「今さら言ったってしょうがあるめえ! とにかく大尉を止めないとまずいことになるやね!」

 タレゾとその部下たちからは、未だ基地を破壊し続けているジム・キャノンの姿が見えていた。警察のサイレンは鳴り止んでいない。基地内の施設が一つ崩壊するごとに、鉄骨が地面に落ちる際に発生する猛獣の唸りのような轟音があがった。その音も、街にいた時から彼らの耳に届いていた。