ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

【第一話】黒い砲身 05

 「照準……良し。地獄の業火に苦しみ悶えるがいい!」

 ――ジム・キャノンの砲身は鬨の声を上げ、フカヤ基地めがけ容赦なく突き進む無慈悲な征矢を放った!

 真理に背く全ての邪悪を貫き、堕落に溺れる惰弱な魂を撃滅する、憤怒を帯びた地獄の魔弾!

 「…………命中」

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 「消火作業急げ! サイレンは停止させろ! これがジャブローや市の警察に知られたら事だ!」

 「バカたれ! もう市警察は気づいてるぜ! こんなに轟音を聞き逃すほどのマヌケじゃねえや! 手遅れだよ!」

 「まだやられてないMSを出せ! これはただ事じゃない! きっと敵襲だぞ!」

 「見張り番は何をやってやがったんだ! 敵の姿はないのか!」

 「フカヤネギ大倉庫付近にてMSを目視で確認したとのことです! 市の警察が!」

 「何で貴様よりも市の警察がMSを先に発見してるんだよ! 貴様の仕事は一体なんだったんだ!」

 「敵が来るなんて夢にも思わなかったんだよタコ! どうせ人間死ぬときゃ死ぬんだ! さっさとここを引き上げろい! こんな基地と心中することねえや!」

 「タレゾ大尉たちはどこだ!?」

 「女狩りに出てったところだ! すぐには駆けつけてこれまい!」

 「畜生が! 畜生が! バイバイ! 俺ぁ逃げる」

 フカヤ基地は恐慌状態に陥った。ジムIIが突如爆発、炎上。爆炎に包まれた3人の兵士が冥府への旅路についた。飛来した弾はジムIIのコクピット部分に命中し、操縦者を蒸発させたのみならず、基幹部の火災を生じさせたのである。モビルスーツの部品は散乱し、逃げまどう兵士たちの足下を掬う。

 「タイトが転んで足を挫いた! 火の手が迫ってる!」

 「命が惜しいなら放っておけ! 自分の命は自分で世話しろい! ここで死ぬようなマヌケは火葬の手間が省けていいや!」

 「畜生! タイトは俺の恋人なんだ! 貴様救出に手を貸せ! 貸さなきゃ撃つぞ!」

 「このホモ野郎! ピストルで脅しやがって! 助けりゃいいんだろ畜生が! かしこまり!」

 火災は基地内の至る所で誘爆を招き、時間が経過するごとに逃げ遅れた兵士、あるいはMSや戦車に搭乗しようとした兵士の命を舐め取っていく。ジムIIへの初弾命中から4分後、ようやく1人のパイロットがかろうじて無傷な状態にあるジムIIへ乗り込んだ。

 「敵はどこだ! といっても、ビームライフルが爆発しちまった! 武器がサーベルとバルカンしかねえや!」

 地上は灼熱の海。寄せては返す炎の波が、立ち上がったジムIIの脚部をじりじりと焦がす。大きな音を立てて、ドッグの鉄橋が崩れ落ちた。照明器具のガラスが熱のために次々と割れて、鋭利な破片が地面に降り注ぐ。

 「どこだ! 敵はどこだってんだよぉ!」

 「ここだ」

 「な……なにぃ! いつの間に!」

 ジムIIのパイロットは驚愕した。フカヤ基地の所属でないことは明らかな、一機の旧式のMS、ジム・キャノンが、自分の背後に忍び寄っていたのである。それも肩のキャノンをこちらに向け、今すぐにでも発射出来る姿勢で。外部スピーカーを通して聞こえたジム・キャノンのパイロットの声は、どうやら若い男のものらしかった。老練な操縦士であることを何よりも誇りにしているジムII乗りの彼にとって、得体の知れない若造に背後を取られたことはいたくプライドを傷つけられる事件である。振り向いたジムIIは、背部に装置されているビーム・サーベルを抜くことも出来ないまま、両手を上げて降参の意を示した。

 「誰だか分からんがなんでこんなことをした! こんな基地を襲っても仕方ないだろうが! お前はエゥーゴか? ティターンズか? はたまたジオンの残党なのか?」

 外部スピーカーで怒鳴りつけるように問いつめるジムII。

 「答える必要はないな」
 
 「こん畜生! じゃあお前は今からジオン野郎だ! この宇宙人が! 連邦のMSに乗りやがって、え? ザクはどうしたザクは? ぶっこわれでもしたのか! 直せやしないのかその足りない脳味噌じゃあよぉ! 悔しかったらさっさとサイド3に帰ってズーズー弁のジオンニストママおっぱいでもしゃぶりやがれ! このジオンなまりが!」

 「貴様は盲目か? コクピットにキャノンが向けられているのが見えないらしいな。あまりにふざけたことを言うと殺す」

 「へん! 殺すだあ? そんなこたぁタコでも分かるんだよ! それより俺が気持ち悪くてしょうがねえのは、なんでお前、ジオン野郎、早いところぶっぱなしちまわねえんだ? 殺してえならさっさと撃ちゃあいいものをよ!」

 「ではお望み通り撃ってもやろう!」

 ジムIIの挑発を受け、黒い砲身は再び死の熱弾を放った! しかも今度は至近距離である。弾の到達速度はまばたきよりも速い! 狙いは容赦なく、コクピット。直撃すれば間違いなくパイロットは一瞬のうちに蒸発して命をむなしくしてしまうだろう!

 「――待ってたぜ! あらよっ!」

 だがしかし! 田舎の寂れたフカヤ基地にも、とんだ掘り出し物が埋まっていたものだ! このジムIIのパイロットの腕は、その辺のエリート・コースを辿ってきた士官などとは比べものにならないほど巧み! 品行不良にして態度も不真面目なため、こうして左遷されてはいるものの、実力を発揮するこうした機会さえあれば、どんな困難も切り抜けてみせよう、ニュータイプだって撃墜してみせようという男なのである、今ジムIIに乗って戦っているパイロットは! 果たして何が起こったのか? ――なんとまあ、ジムIIはこの距離でキャノンから放たれた弾を回避したのである! 発射してから避けたのでは到底間に合わなかったろう。ベテランの戦士にのみ許される絶技! 一種の戦闘の呼吸を察知することによって、相手の武器の引き金が引かれる瞬間を先読みしたのだ! 回避行動は弾が放たれる以前に開始されており、弾が発射された後は、すでにその死の弾道から逃れおおせていたのである!

 「俺が戦いってのを教えてやるよ、ジオンの若造」

 砲撃の反動でよろめいたジム・キャノンを前に、ジムIIは抜刀した。ルナ・チタニウムをも切り裂く刃、旧式ジムのものよりも高出力のビーム・サーベルが、基地を包む炎と同じ色である鮮やかなオレンジに光輝く。