ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

【第一話】黒い砲身 04

 ジャブローからも忘れ去られた田舎のフカヤ基地は、こうしてそこに詰める兵たちが一斉に外出したことで、ほとんど無人といっていいくらいに閑散としてしまった。一応門番や必要最低限の見張りは置いてあるけれども、彼らもまた居眠りをしたり愛すべき大尉を見送りながら酒を胃に流し込んだり、敵襲などというのはおとぎ話か何かと思っている様子だった。しかしそれも当然のことといえば当然のことなのかもしれない。なぜならやはりフカヤ基地を襲おうなどという敵は、それこそおとぎ話の中くらいにしか存在しないだろうから。政治的要所が近くにあるわけでもなく、MSの配備だって貧弱、わざわざ鹵獲しに来る程充実しちゃいない。本当に何のために設置されているのか分からないような基地なのだ。まさかフカヤネギ畑を守るためじゃあるまい。確かにフカヤネギは地球のみならず、あらゆるコロニーで珍重される高級食材ではあるが。

 「――満足な仕上がりだ。オメガジア、キーメンジャ、貴公らの協力に感謝する」

 「いえそんなことたあお安いご用で」

 そんな怠惰と暢気のフカヤ基地を、MS上から見つめる男が一人。基地内の各種設備を望遠モードで観察し、どこから「手をつける」か思案しながら、マシンの感想を無線通信で漏らしていた。そのMSとは言わずもがな、フカヤネギ大倉庫で先ほどまで整備されていたジム・キャノンであり、それに搭乗しているのは黒ジャケットを着ていた男、今は漆黒のパイロットスーツに身を包んだ男である。

 「おかげでこちらも儲けさせてもらえたというもんで。旦那が満足ならあっしらも満足でさあ」

 男が宇宙(そら)から持ち込んだジム・キャノンを3日かけて直した無免許整備士の2人は、立ち上がったジム・キャノンをホクホク顔で見上げている。彼らはこの大仕事によって、総額3千万ほど儲けたのだ。これはフカヤ市民の平均年収の10倍にあたる巨額の金である。

 「しかしこれはほんの好奇心からお尋ねするんですがね、旦那はそのMSを何に使うんで? そりゃ左肩のキャノンに3発の弾を込め、100mm規格のMS用マシンガンを用意させたとなれば、そりゃ、畑を耕したりするんじゃねえってことは分かりますが」

 「私は時代を変革に導く真理の尖兵である。神々によって要請された大事業は、この郷里から開始されなくてはならない。こののどかな土地には不釣合いな、あの腐敗した軍事施設を占領し、宇宙に最終秩序をもたらす最前線の砦となすのだ。そこには私と志を同じくする者たち、過渡期の統治形態によって迫害された無辜の民が集結し、新時代の到来を今か今かと待望する。それは人類の歴史中もっとも美しい一期間であり、胸の高鳴りと希望の誘致は人のあらゆる業を浄化するだろう」

 「どうも……旦那の言うことは難しくて」

 「そうか。なら貴公に一つだけ忠告しておこう。これから数時間、このフカヤネギ大倉庫から外へ行かないほうがいい。怪我をするといけないからな」

 「となると……さっそくこのMSで、おっぱじめるんですな!」

 「無論。どうやらちょうど、兵どもが基地から離れているらしい。攻撃を開始するなら今だ」

 「へえ。おそらく女狩りにでも行ったんでしょうよ」

 「……ではとにかく、世話になったな。またすぐに会おう、オメガジア、キーメンジャ」

 ジム・キャノンはものものしく一歩を踏み出した。倉庫の影から突然MSが現れたために近くの労働者全員は度肝を抜かれ、逃げ出したり通報したり、大パニックを引き起こした。キーメンジャが無線通信トランシーバーを口に当て、別れの言葉を男へ告げる。

 「すぐに会えたらいいがそうもいきますまい。荒事だからなMSを暴れさせるとなると。俺はそういうのが好きでたまらないんですがねえ。旦那、俺はあんたが気に入ってるからどうかおたっしゃで。また仕事を下さればよろこんで一生懸命せかせかとやりますぜ」

 「さらば」

 無線は絶たれた。それとまったく同時に、緊急事態を知らせるサイレンがフカヤ全体に鳴り響き始めた。倉庫労働者から通報を受けた警察は所属不明MSの出現を目視で確認し、突飛も無い、いたずらかと思われるようなその通報が事実であることに気づいたのだった。

 「ひとまずここから立ち退かなくては何も出来ん。こんな所で大砲(キャノン)を撃ったら衝撃で労働者たちが怪我をする。それだけならまだいいがあの優秀な男たちの倉庫が壊れるかもしれないからな。あそこは重宝する。これからもMSのドックとして使わせてもらおう」

 フカヤの大地を揺さぶる轟音を上げながら、ジム・キャノンは足元に注意をしつつ大倉庫地区を脱出すべく移動する。倉庫労働者は逃げ惑い、置き去りにされたネギがところどころに散らばっていた。午後の日差しがMSの左肩に堂々とそびえるキャノンを照り輝かせ、両手でしっかりと握っている100mmマシンガンに威圧的な反射を与えていた。武器と言えばその2つのみで、シールドなんて贅沢なものはないし、ビーム兵器も用意しなかった。マシンガンの実弾もそれほど多くない。現在装填されている弾が全てである。弾切れになればその時点で戦闘は終了だ。ビーム・サーベルで戦うことは出来ないし、バルカン砲もないから、重いキャノンを切り離してでも退却しなくてはならない。

 「まあそんな心配は無用だろうがな。奴らめ、見たところすぐに動かせるジムIIを1機しか待機させていない。後は起動に時間がかかる状態でほったらかしになっている。全8機中、1機はビーム・ライフルを持ってパイロットも近くに控えているが、7機はパイロットも整備の担当者もないまま寝かされている始末だ――さあ、始めるか」

 倉庫の森を抜け出しフカヤネギ畑に片ひざをついたジム・キャノンは、駆けつけた警察車両に取り囲まれてはいるが、それを蚊ほどにも気にすること無く左肩のキャノンの照準を合わせる。標的はおよそ7キロ先に見えている、フカヤ基地内の直立したジムII。差し当たっての高脅威目標というわけだが、あれさえ破壊してしまえば後はずっと楽になる。基地内の火災鎮火、怪我人の救出、MSへの駆け込み、混乱、叫喚。1機のMSの破壊は、堕落した基地に恐ろしい致命的な混沌をもたらすのだ。ジム・キャノンのパイロットは目を閉じ、呼吸を整え、荘厳な調子で神々に祈りを捧げる。

 「――永遠なる唯一神ゲルタヴァーナと十一の怒り司る神々よ、我と我が身の探究のみならず、人として産まれ人として生存するかぎり全ての民にその慈悲深き恩寵をお与え下さりますよう。今、これから、あと数秒もすれば、史上もっとも激烈な宗教的戦闘と無際限の勝利が、真理探究(ゲルタヴァーナ)のために捧げられるのです。そしてそれはこの偉大な人類の導き手である私――真理王の手によってなされるのだということ、どうぞお忘れなく……!」