ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

【第一話】黒い砲身 02

 黒ジャケットの男が無人ゲートを出る。1台の軽トラが彼の前に停車した。その荷台には何か大きな荷物が積まれているが、外からその中身を知ることが出来ないようにブルーシートが被せられている。男が助手席に乗り込むと、運転手は車を即座に発進させた。広大なネギ畑を突っ切る国道、ところどころアスファルトが剥げ、フカヤ行政が長年放置しているその道を、120キロの速度で南下。彼らはフカヤの最南部に位置する、フカヤネギ大集積庫へと向かっているのだ。

 「オメガジア親父、今日中には完成すると言っていたな。首尾はどうだ」

 「へっ、さっきかっぱらってきたパーツを組み込んで、マニピュレーターの調節をちょちょいとやれば、まあ1年間最前線で戦い抜けるくらいのマシンに仕上がりまさあ」

 「そうなるまでにはあと何時間要するのだ」

 「5時間を見といてもらいましょうや」

 「よし、2時間で頼む」

 「2時間! そりゃニュータイプでも無理ってもんで。何しろ人間の胴体には2本の腕しかくっついてませんからね。そりゃ腕の代わりになる最新の設備でもありゃなんとでもなるんでしょうが、あのにわか造りのガレージじゃ出来ることも限られて――」

 「これを納めておいてもらおう」

 男は懐からベージュ色したブロック状の物体を無造作に取り出し、それを運転手のオメガジアに突き出した。

 「これは……札束! 1000万はありましょうか!」

 「あれが出来上がった後に、また同じものをやる」

 卑屈な表情を浮かべ、嬉しそうに札束を受け取ったオメガジアは、それを豪快に自分のポケットに突っ込んだ。

 「へっへっへ。あっしのようなのは、これが好物で。こうなりゃ話は別でさあ。見事2時間でやってご覧にいれましょう。キーメンジャの奴にも心づけをやって、手伝わせることにしましてね」

 「どうもフカヤのジャンク屋というのは、最新設備なんぞよりも札束を与えておいた方が、早くて良い仕事をやるらしいな」

 「それはフカヤの者だけに限りませんので。どの大陸どのコロニーに住んでたって、人間は札束で動かされる動物でして。あっしの知り合いには、1000万の金のためなら自分の腕でも脚でもその場で切り取って見せようって手合いが、やはりゴロゴロおります。札束は人間から不可能ってやつを取り除くんですわな」

 「ほう、観察家だな。人間札束を投げ与えられると、MSの組立や修理だけじゃなく、人類学までおっ始めるらしい。その内に偉い学者にでもなるんだな」

 「その内に、といいますのは……?」

 「これからも貴公を贔屓にしておいてやろうというのだ。札束が好きなら嫌というほどくれてやる。その代わり我々のこの偉大な事業に助力を惜しまんでくれたまえ。実際、金のみを判断基準とする人間は重宝するものだ。真理の秩序を宇宙にもたらすためには、貴公のようなのも使っていかなくてはならん。真に求められる目的のためであるならば、手段は問われないのだ。実際真理のためであったら人間ごときが被る犠牲、人間ごときが生み出す危険など何ほどのものだろうか? 事実ニュータイプとして覚醒した若者たちが新たな時代を築く足がかりを得るまで、こうまで激しい戦争が必要だったのだから。そしてその戦争ですら、真理の前ではあまりに些細な事件なのだよ。……おっと、貴公のような下賤の者にこのようなことを語っても仕方がなかったな。これは迷惑料だ、受け取りたまえ」

 「なんの、いくらでもお話には付き合いまさね、旦那は親切にもあっしらの生活を助けてくれるんですから、お話くらい何の迷惑なことがありますかい。キーメンジャの野郎にくっちゃべられるよかずっと気分が楽しいし、勉強にもなりますんで」

 軽トラはやがて、収穫された市内全てのネギが集まる大倉庫地区に姿を消していった。加工施設も兼ねる、大小様々な倉庫が林立するその一帯は、農民と連邦軍人と一部の支配階級以外の、ほとんどのフカヤ民が人生の大半を過ごす労働の場である。地平線の果てまで続くかと思われるこの倉庫の森で一人の尋ね人を捜そうとすることは、失くしたブローチをア・バオア・クー宙域で探すに等しい無謀と言えよう。そのため極めて奇妙なことに、フカヤのアウトローたちは路地裏や薄暗い地下通路などに拠点を置くのでなく、倉庫と倉庫の隙間や、あるいはもっと大胆に、倉庫の中のネギまみれ空間を根城としている。一部の倉庫などは公然と逆賊ギャングに占拠され、四六時中のジオン国歌や愛国唱歌などをたれ流していさえするのだ。

 ひとたびこのフカヤのパンドラボックスに侵入した軽トラは、完全に警察や軍隊の目から逃れたことになる。実は盗品の運搬先、つまりオメガジア親父の拠点は、使われなくなって放置された、さびれた大倉庫なのである。オメガジアは窃盗の常習犯であったが、警察も盗品のありかを突き止められずにいる。そもそも突き止める気があるのかどうかも怪しいのであったが。

 「さ、到着しましたや。作業の進み具合をご覧になりますかね?」

 軽トラはオメガジアの城である、ジャンクが山高く積み上げられた倉庫前の空き地に止まった。車から降りた2人は、だだっ広い倉庫の中へと吸い込まれていった。

 「いや。貴公のことは信頼している。2時間後には確かに一戦奴らと交えることになるだろう。一眠りして英気でも養っておくことにする」

 「ええ、そうするのがよろしいでしょうな」

 「では2時間後、起こしてくれるように」

 「へえ。確かにそうします」

 男はジャケットを脱いでオメガジアに渡した。ジャケットの下に身につけていた黒のパイロットスーツには、男の豊富な実戦経験を証明するかのように、いくつものスレや傷が刻まれている。オメガジアに一瞥くれてから、彼は入り口のすぐ右手にある、仮眠室といったような部屋に入っていった。オメガジアは脇に止めてあるフォークリフトの運転席にジャケットを掛け、この倉庫の中央にそびえ立つ1機のMS(モビルスーツ)を見上げた。
 
 「自分の仕事ながら、まあよくぞここまで出来たもんだよ」

 白を基調としたカラーリングに、赤い胴体、黄色の胸部ダクトなど、一目で連邦軍系の機体と分かるあの特有のデザイン。敵をにらまえるための頭部カメラはスカイブルーの透明強化素材に守られているが、漢字の「凸」型をしているそのサングラスが、MSの顔に穏和な表情を与えている。ジム(GM)だ。それも旧式のジム。基地に配備されているジムIIは、この旧式ジムのマイナーチェンジである。それでもまあ、いくら旧式とはいえ、このフカヤののんきなネギ倉庫に、ジムが意気揚々と直立し、戦いの時を待ち望んでいるのだ! 市民が知ったら驚いて腰を抜かしてしまう。

 しかしこれだけでは、この機体の描写が完全なされたとは言えないだろう。――左肩部に取り付けられている巨大な砲身のことに言及しなくては! 天窓の日光に黒光りする、その戦艦の主砲にも劣らない威容は、このジムがただのジムでないことを堂々と主張している。

 ――ジム・キャノン。

 このタイプのMSは、連邦軍の兵隊たちからそのように呼ばれているのだった。ジムに砲(キャノン)を取り付けた機体だから、ジム・キャノン。安易なネーミングだが、その設計思想もまたいたって単純なものである。遠距離砲撃をするジム。これがただ1つの明快なコンセプトだ。ジムはキャノンを与えられ、強力な遠距離攻撃が可能となった。その代償として――何でも物事には代償が必要である――機体の左右バランスは大きく崩れ、地上における操縦にはパイロットの熟練度が試されるとともに、砲の重量のために機動性がかなりの程度損なわれてしまった。バルカン・ポッドはパージされているし、ビーム・サーベルで格闘戦を挑むことも出来ない。

 「あと2時間か。まあ2000万ももらちまっちゃ、出来ないはずないやね。……おいキーメンジャ! キーメンジャ! 仕事にかかるぞ!」

 背中に「鬼面蛇」という刺繍のある筋骨隆々の男、男というよりも野獣と言った方が正しいかもしれないが、その半裸の荒くれキーメンジャは、ガラクタの蔭からオメガジアに飛びかかるようにして現れた。

 「2000万って何のことだな? 聞こえてるんだよ」

 「ちぃっ、迂闊に口に出すもんじゃねえや」

 「あのゲル……なんちゃらとかいう、狂った旦那が金をくれるのかい」
 
 「そうだ。だがまず働かなくちゃならない」

 「働く。そして、金を貰う。そうだな?」

 「ああそうだ。さっそく車の積み荷を降ろしてこい!」

 2人は楽しそうに仕事に取りかかった。