ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

日本人VSゲルタ人

《あなたたちは「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」を知っているだろうか。「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」は、拙僧の計画している人工国家のことである》

・「日本人」は○○という性質をもっている。
・Aという議員は「日本人」のために働いてくれる。

 「日本人」という言葉が上記のように用いられる場合、われわれは身構えなくてはいけない。言うまでもないことだが――そしてつい忘れがちなことだが――「日本人」とて一枚岩ではなく、財産や世代や性別や教育によって激しい利害の対立がある。以下は財産・労働の状況に基づく分類である。

・日本人でありかつ上流階級に属する者
 ――資本を有する。
・日本人でありかつ中流階級(上)に属する者
・日本人でありかつ中流階級(中)に属する者
・日本人でありかつ中流階級(下)に属する者
・日本人でありかつ下流階級に属する者
 ――労働の報酬は労働力の回復(衣食住)にのみ用いられ、財をほとんど蓄積できない。

 資本主義経済というゲームのなかで、プレイヤーは「労働からの脱出」というゴールを目指す。なぜって他人に従属し搾取されながら行う労働は、たまらなく辛いから。労働するにしても、他者に縛られることなく、自分の米のために自分の水田のみを耕していたいというのが正常な心のはたらきだろう。100の労働をしたら100の成果を自分の懐に入れたい、と思うのが自然だろう。企業やその他個人に従属して行う労働においては、100働いたところで100の給料をもらうことができない。

 労働の「やりがい」を主張する人々、たとえば居酒屋で接客するのがたまらなく好きだという人間だって、上司や会社の意向にしたがって接客するよりかは、自分の店をもって自分が最良と考える方法で接客をやりたいに決まっている。労働が好きな人間は存在する。それは結構なことだ。しかし労働に伴って発生する他者への従属、他者による搾取までもが「やりがい」の一部であると考える連中はいないはずだ。一生遊んで暮らせる金が手に入ったらどうする、という質問にたいして「会社勤めを続けます」とこたえる者はいないはずだ。もしいたとしても、そいつが本当に金を手にしたら一週間で会社なんぞ辞めちまうはずだ。会社を辞めた上で、自分で会社を興して自分の好きな商売をやるというのはおおいにありえるけれども。

 みな「労働からの脱出」あるいは「(従属・搾取の付随する)労働からの脱出」を求める。そのためには資本が必要だ。金が必要だ。現代社会は金集めゲームのフィールドだ。このゲームのルールは政治によって随時変更することができる。憲法に記載されているようなもっとも基礎的なルールは、いずれの階級にも利益になる場合が多い。しかし建国(つまり憲法制定)から70年が経とうとしている現在、新たにルールを定めようとする場合、その新ルールというのはいずれの階級にも平等に利益を与えるものでなく、上流・中流・下流のどれかを喜ばせるものであることが圧倒的に多い。以上は経済の視点から描出した一例である。他に例を挙げようと思えばいくらでもできるが、まあこの辺にしておこう。――「『日本人』全体の利益」という言葉は疑ってかかったほうがいい。

 たとえば将来拙僧が建国を予定している共和国、すでに裏ではいくつかの国の承認を受けている新国家「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」が武力によって日本国を攻め滅ぼすつもりであるとしよう(これは思考実験である)。当然自衛隊がわれわれの軍勢を迎え撃つことになるだろう。自衛隊は人材を募集する。どの階級から? 

 日本が滅びて困るのは、上流階級である。日本には自分の工場がある。土地がある。資本がある。人脈がある。安楽な生活を可能とするすべての資源がある。国外へ移動できないわけではないが、移動するにはコストがかかる。中流階級も困る。そこそこの生活が、そこそこの財産が失われてはたまらない。上流階級と違って国外に逃亡するコストが払えないから、場合によっては上流階級よりあたふたするかもしれない。下流階級は一番困らない。日本が栄えようが滅ぼうが、自分たちの生活が苦しいことに変わりはない。自分たちを虐げるのが日本人からゲルタ人になったところで、状況は悪化もしなければ改善もしないであろうと予想する。

 軍(自衛隊)は上流階級に人材を求めるであろうか? 否、おそらく国民のなかでも一番数の多い、下流階級や中流(下)階級から生け贄をひっぱってくるはずだ。どうしてそんなことが可能なのか? 兵隊になったところで、命を危険にさらしてみたところで、得をするのは彼ら貧困層じゃないのに。どんな術策を用いたのだろう? ――一つには経済的徴兵だとか呼ばれる手法である。兵隊の給料を、下流階級にとって魅力的な額に設定する。食うに困った貧乏人が集まる。借金にあえぐ人間が集まる。もう一つはプロバガンダ工作。「日本を守れば日本人全体の利益が守られる」「『日本人全体』のなかには当然下流階級も含まれている」「ゲルタ人は下流階級を虐殺する。日本人にこき使われているほうがまだマシ」という趣旨のことを喧伝する。教育レベルの低い傾向にある下流階級は、巧妙なプロバガンダに抵抗する術をもたない。

 かくして下流階級は「日本人全体を救う、ひいては自分たちの生命を救うのだ」と無邪気に信じながら軍隊に参加し、その実、彼らの敵対者である上流・中流階級の財産を守るために死んでいくのである。もっとも憎むべきは日本を侵略した「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」であろうか。たぶんそうなのだろう。しかしわれわれは慈悲の心をもっている。われわれは日本の下流階級を苦しませずに葬るであろう。

 いや、それよりもいい方法を思いついた。日本国内の下流階級が数を増している現在、「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」は彼ら下流階級の善良な男女に「素晴らしい住環境・食・風土」「高給かつ余暇の多い健全な労働」「真理探究《ゲルタヴァーナ》の教え」を与える――すなわち「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」の「市民権」を与える。無制限の移住を認める。建国まもないわれわれの国家は、腐敗を知らず、進取の気性に満ち、誇り高い建国の理念をもっている。おそらく歓迎すべき彼ら移住者は、日本国におけるよりも充実した、徳に富んだ、真の意味でやりがいのある生活を開始する。彼らは日本国への愛着を一切放棄し、「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」の市民として豊かな一生を送るであろう。彼らは誰からも強制されることなく「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」に忠誠を抱き、「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」の尖兵として、すなわち「唯一神ゲルタヴァーナ及び怒れる十一の神々」の神聖なる矛として、信仰の敵に冷徹な一撃を繰り出すであろう。たとえその敵がかつての母国であったとしても。

 あなたたちが覚えておくべきは、拙僧――東野猛ほどの男が本気になったら「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」を実現させることは容易いし、拙僧でない他の優秀な僭主候補が先進的な理念を掲げる人工国家をつくり出すことは十分ありえる、ということだ。われわれ若い貴族の社会では、新国家設立に関する歴史研究が流行している。力も身分も教育もある若者たちは、煤けた古い国に愛想を尽かし、真に人々の幸福(or善・美・真理・数学的均整・神々との合一――人の数だけ理念は存在する)を実現する人工国家のプランをいくつも用意している。我こそは21世紀のマケドニアアレクサンドロスなるぞ、とみな意気込んでいる。 若者は常に破壊者なのだ! 若者は常に虐げられる者の庇護者なのだ! 若者は常に闘争と転変のもたらし手なのだ! 拙僧は未来の輝かしき新国家「ゲルタ・ストラテジー・パンデモス」に移住を希望する信仰者を募集している。もちろん現時点で信仰がなくても良い。拙僧が直接宗教方面の面倒を見てあげる。

 

 勇気と自由、幸福と独立、哲学と信仰の国家を望む者を、拙僧は諸手を挙げて歓迎する!