ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

高校の運動会と相撲

今週のお題「運動会とスポーツの秋」

 俺はこの時期になるといつも、高校の運動会を楽しく思い出す。

 全校生徒の内でも特に武勇の誉れ高かったこの俺は、運動会の紅白組対抗において最もその勝敗を左右する影響力ある競技者の一人だった。俺の得意はなんといっても相撲。身体こそ小柄だが、重量のハンデを引っくり返す技量と速度、そして豪胆な度胸のため土俵に上っては負け無し、小粒の山椒はピリリと辛いと言うけども、「無敗の東野」のあだ名で呼ばれ全生徒の尊敬を勝ち得ていた。

 無論俺の任された競技は相撲。運動会で相撲をやるところは珍しいらしいが、俺の高校ではきっと俺の活躍に配慮したのだろう、相撲を運動会のメインイベントに据えたというのだから感心だ。おそらく俺の出場が決定した時点で、大半の生徒は俺の所属する赤組の優勝を確信したに違いない。

 しかし武芸司る神々は、驕れる俺に試練を課した。運動会直前、俺の有力な対抗馬が急遽転入してきたのだ。

 「剛槍のアンドリュー」

 それが転入生のあだ名だった。槍投げの技では世界トップレベル。オリンピック出場経験のある超高校生級アスリート。槍の狙いは正確無比で、今までに倒してきた敵は数知れず、戦場の経験も豊富、まさに神にも劣らぬ武勇の持ち主というわけ。アンドリューは敵である俺に接触することを避けていたのか、校内で会うことは出来なかった。俺とても競技前、徒らに敵愾心を煽りたてることはないと思い、ただ己を鍛えることだけに専念していた。

 そして運動会当日、相撲競技の段。

 埼玉スーパーアリーナ内の、大アイアース記念特別闘技場のフィールドに俺達は向かい合っていた。アンドリューは長身のアメリカ人、眼は海のように青く、逆巻く髪は燃えさかる火炎のよう、肉体全てから並ならぬ闘志を放っている。対する俺はここ数日の鍛錬の成果か、技に鋭さを増し、放つ気合も一級品、観客の女どもの多くが恐怖で涙を流す。貧弱な男たちもまた女のようにぶるぶる身を震わせ、前後左右の同輩たちと抱き合う有様。

 数分の睨み合いの後、最初に口を開いたのはアンドリューの方だった。

 「敗北知らざる無敵の勇士、横綱東野殿、貴公はよっぽどの臆病者と見える、その名に高い誉れを勝ち得ているというのにもかかわらず、まるで小鹿のように細い身体がぷるぷると震えているではないか。それもしかし仕方あるまい、この俺の、黄金で彩られた不屈の肉体を目にしたからには」

 勢い激しい挑発に、俺も負けじと応戦する。
 
 「口先ばかりで武勇の技に劣る輩は俗人の世に溢れているけれども、どうやら貴公もその類らしいな。演説は如何にも立派、しかし校内でこの俺を避けるなどとは、愚かしくてあくびが出るわい。臆病心を隠そうともしない戦士に、勝利もたらす女神は微笑みを授けたまうまい。あの神聖な女が好むのは、節度知らざる強引と簒奪の徳であるゆえ」

 双方、相手の遠慮無い言葉のため、分厚い胸を煮えたぎらせ発憤、もはやこれ以上の言葉は不要、肉体にエンジンをかけ、今にも向かいの男を打ち倒してやろうという激情にとらわれた。

 まず動いたのはこの俺、20mは離れているアンドリュー向かって突進、そのあまりに速い様はまるで疾風、観客は驚きのあまりどよめき合い、ごうごうと闘技場全体が沸きたつ。

 それに対してアンドリュー、足元の槍を拾って構え、荒猪のようにも突き進んでくる俺に狙いを定める。10m、5m、3m、そら今だ、アンドリューの大きな手から放たれた槍は神速、人間離れした力が込められ、俺の心臓を貫き通そうとかけって来た。

 槍が俺の肉体を刺し通すまで、時間にしたらわずか一瞬、距離ではおよそ1mほど、避けきれるわけがないと観客の全てが思っていただろう。しかしその刹那――。

 ――真理(ゲルタ)が蠢き運命を決する。