ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

教えてもさしあげよう、あなたたちに、彼の憧れの人を。

今週のお題「憧れの人」

 大学生協のレジの前、木製の古いベンチに座って一人の男子苦学生が食事をしている。その食事は大層貧相なもの、なんとまあ103円の生協ブランドカップラーメンをおかずにして、賞味期限の切れた食パンをかじっている。彼はレジに並ぶ客を睨みながら、何やらぶつぶつと独り言を漏らしている様子。

 「なんだいあのお嬢さんは、白くてふわふわの高価そうな服を着て、見るからに富裕の出身だよ。俺が103円のラーメンを買おうかどうかさんざ迷っていたのがバカみたいじゃないか、何の躊躇もなく150円のペットボトルのお茶を買おうとしている。茶なんて水と変わらん、教室の前に設置してあるウォータークーラーから、あるいはトイレの手洗い水道から出る水を飲めばいいのに。150円あったら一食ラーメンが食えるじゃないか、それも上等なやつがさ」

 「いかにもグローバルエリートといった出で立ちのあちらの女性は、カフェラテなんていうおしゃれな砂糖水を買おうとしているな。カフェインを摂取したいのか甘いものを摂りたいのか、どちらかにすればいいものを。俺はよく金剛堂で無料のコーヒーを飲ませてもらうが、あれは実際なかなか旨い。宗教ってのは弱者に優しいからいいもんだね。入信せずに信者面していりびたるのを悪いとは思ってるんだが」

 「お、あっちの男を俺は知ってるぞ、あれは某食品メーカーの社長の御曹司。学部が同じだからなんどか一緒の授業を受けたもんだ。……なんとまあ、480円もするトンカツ弁当を手に取ってやがる。それに150円の茶までも」

 苦学生はパンを口に詰め込み続ける。エホエホッとむせながら、なんとかぼそぼそのパンをスープで流し込もうと奮闘するけれども、その様子がいかにも滑稽なので、向こうにたむろするバンドサークルの一団が彼を指さして笑いだした。

 「ゲハハハッハありゃ傑作だね、カビの生えたような服を着ている貧相な男だが、食ってるパンまでもカビの生えかけときてる。その上あの組み合わせ、パンとカップラーメン、おかしいったらありゃしねえや」

 「おいおい見ろよあいつの腰のベルトを、ありゃベルトというよりは縄じゃねえか。さしずめ田舎のばあさんが早起きして藁を編んで造ったんだろさ。果たしてあいつは学費払ってるんだろうか。とても払えるような身分の者には見えないが。もし学費を払っていなかったり、滞納しているようだったらとても学友とは言えまい」

 「その通り、学費を払ってるならまだしも、学費すら払っていないような連中はむしろ学校に損害を与えてるんだから、追ん出すのが当然だ。おい一年、ちょっとあいつの胸倉掴んで怖がらせ、一つ聞き出してこい。学費を払う能力がお前にあるのか、実際払ってるのか、とな」

 「うっす分かりましてございます!」

 バンドサークルの下っ端、屈強な一年坊主のボーカリストは元気な返事で先輩たちの命令に返事をした。ベンチを立ち上がり、苦学生にのしのし近づく。それに気が付いた苦学生、一年坊主を威嚇して言った。

 「なんだ坊主、知識や教養の代わりに筋肉で武装した、およそ学徒らしからぬ出で立ちのやつ。あまり近づくなよ、いくらその強欲な胃袋が夜泣きするからといって、このパンとラーメンはやらんから」

 一年坊主指をぼきぼきと鳴らし、苦学生の目の前に仁王立ち。

 「おいお前学費払ってるかちゃんと。どうやら払えそうにもない身分の男らしいが。だってそんな食事をしてるのはせいぜい浮浪者や失業者の連中だものね。あんまりみすぼらしく目障りだと、この学校から追い出されるぞ、俺たちの手によってな」

 「はっきりものを言いやがる。が、まあ聞くがいい」

 一年坊主の予想に反して、苦学生の顔は恐怖に歪んだりしなかった。

 「俺は確かにこのようなナリをしてるけども、学費など滞納して学校に迷惑をかけてなどいない。これは自信を持って言うぞ、なんてったって俺は奨学生、学費免除の優秀者だもの。綺麗な着物や楽しい奢侈品には恵まれないが、この黄金の頭脳と鋼の精神によって、全ての学友を凌駕してるのだ、頭脳と精神いずれも、かわいそうな母親から授かったものだが」

 「……そうかい」

 一年坊主は目に涙を浮かべた。

 「あんたすごいんだなあ」