ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

再掲『レッドロード英雄譚』




赤道は地球を半分に分けるラインです。赤道は惑星周期と太陽熱の大いなる活動により、地球上で最も気温が高くなっています。夏季にはおよそ120℃にもなるということです。古来よりその赤道を巡って様々な伝説が形成されてきました。今日はそれら伝説の中から一つを紹介いたしましょう。



■レッドロード英雄譚




太平洋の真ん中に浮かぶ孤島ウラブネジ。


ウラブネジとは現地の言葉で「火の斧」を意味する。

火は当然島を通る灼熱の赤道を指し、斧は島の形に由来する。島の住民は熱帯性の太くやわらかい裸子の木が密生した山の中腹にある、先人たちが切り開いてきた集落に居住している。集落には木の繊維で出来た三角の家が立ち並ぶが、これらは伝統的な技法で作られるということだ。

住民の人口は40人程度で、族長が1人、守り人と呼ばれる戦士集団が8人で構成されており、彼らが集落の政治的実務を全て取り仕切る。女が収穫してくる穀物や、男が捕らえてくる獣の数を計画的に必要な分だけ指示し、効率的な仕事を管理するのだ。

小さな島で、集落さえまとまっていれば外敵の心配もないから戦士集団が形成されているのは妙だと思う方もいるだろう。しかし赤道には人外の敵が存在するのである。赤道はご存知の通り地球上例外的に高温であり、特殊な環境下で進化してきた生物が数種存在するのだ。

中でも彼らウラブネジの民がまず最も恐れるのが、「ウラプチャネスケモ」と呼ばれる哺乳類だ。ウラプチャネスケモはゴリラ・ゴリラなどより人間に近い風貌、体格をしており、知能も高く生活に道具を用い、文明を保有している稀有な生物である。赤道の高温に耐えうる黒く堅い肌を持っており、物理的な衝撃にも強く、矢や剣を弾いてしまう。概して好戦的であり、普段は赤道から一歩も出たがらないが、繁殖期になると気が立つのか度々集落の方に来て、人間に攻撃を加えようとする。

人間側が大きな損害を出しながら考え出した彼らへの対処法は、その堅固な皮膚が守っていない目や生殖器を局所的に狙い戦意を喪失させること、または強い衝撃を与えて脳にダメージを与えることである。

守り人の8人は体躯の壮健な男子であり、代々受け継がれてきた対ウラプチャネスケモの体術「バラメ・セセ(岩石運びを意味する)」を身につけている。バラメ・セセは日本で言う柔道、モンゴルでいうモンゴル相撲、ロシアでいうサンボのような技術であるが、ウラプチャネスケモにはほとんど無効な打撃技、蹴りなどが存在しない。全ての技が投げ技であり、相手を脳天から地面に叩きつける点に特徴がある。(続く)

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さて、彼らウラブネジ暦で「月と海の67半期週(1309年11月第4週ではないかと思われる)」のある日、守り人の1人アウプロメスが穀物の採集に赴く女たちの護衛をして赤道に近い山に登った時のことであった。ちょうど66半期週からウラプチャネスケモは繁殖期に当たっており、念のためにこの時期は女に護衛がつけられることになっていたため、戦士中最も武勇に優れるアウプロメスがその任に選ばれたのである。また単なる護衛だけでなく、ウラプチャネスケモの動向を調べるという目的もあった。雲一つ無い海のような大空に浮かぶ太陽が、島を焼き尽くそうとギラギラ睨む昼下がりである。

運悪くその日、ウラプチャネスケモの中でも長生きで(ウラプチャネスケモの平均寿命は100年程である)、先々代の守り人戦士から恐怖をもって語り継がれている非常に凶悪な、フフファイケモ(墓を掘るもの者の意)と呼ばれている個体が発情期を迎え赤道を出てアウプロメスと女達が穀物採集を行っている山に潜伏していた。フフファイケモは小鳥のさえずりと人間の男の咆哮が合わさった様な、発情期特有の奇妙な唸り声をあげて走り回っているのであった。

女達は夕食のために、談笑しながら野生の穀物を採集していた。アウプロメスは女達の周りをうろうろしながら常に周囲に警戒を巡らしていた。というのも、アウプロメスは既にウラプチャネスケモがその山にいる可能性が高いことに気づいていたのだ。ウラプチャネスケモが赤道を離れる時、度々赤道上特有の植物の種や木の実などを肌に付着させたまま動き回り始めることがあるのだが、アウプロメスは山の登り道で赤道にのみ生息するジャーペペの実(青い実で、皮が堅いが中の種が鳥に好まれる)が落ちているのを見かけていた。女達を心配させないために黙っていたが、アウプロメスは強く緊張していたし、また久々の戦いの可能性のために高揚感も感じているのだった。

アウプロメス!ちょっとちょっとお越しになって!

女の声がアウプロメスを呼んだ。アウプロメスが向かうと女は深く密生する木の向こうを指差して、何かまくし立てたがよく聞き取れなかった。アウプロメスが落ち着いて聞き返すが、女の回答は一向に要領を得ない。仕方無いのでアウプロメスがその指差す方向へ向かい木を掻き分けると、奥でもまた木を掻き分ける音がした。不審に思って身を屈め、じっと様子を見ると、性の低い木の葉の間から黒い肌が覗いた。間違いない。ウラプチャネスケモだ。アウプロメスは大声で威嚇した。ウラプチャネスケモに遭遇したときはまず声でこちらの存在を相手に知らせるのが定跡なのだ。遠距離からの武器攻撃があまり効果的でないため、どうしても対峙して近距離で攻撃をしなければならない。そのためできるだけ先手をとっていかなければいけないし、ウラプチャネスケモは生物学的性質上先に威嚇した方に戦いの優位があると認識するのである。(続く)

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威嚇が効を奏したのか、ウラプチャネスケモは怖気づいた表情を見せ、後ずさった。戦い好きなウラプチャネスケモが後ずさることはめったにない。威嚇で圧倒することが出来たら、その戦いはほぼ勝利したと見てもよいのだ。アウプロメスは大いに有利を確信しつつ葉を掻き分け一気に接近した。アウプロメスが得意とする技は一気に相手の胸に飛び込んで右腕を掴み、腰を落とす流れるような動きで股座に自分の腕を入れて一息で相手を持ち上げ、次の瞬間には相手を脳天から叩き落すという「ベンバウガガ(滝を意味する)」である。この時もベンバウガガを仕掛けるべく相手の右腕を狙った。しかし、次の瞬間、アウプロメスの体は重力を離れ宙を浮いた。黒い肌の顔に一瞬笑みを見た気がしたかと思うと、足から全身にかけて衝撃が走り、アウプロメスの視界は真っ白になった。落とし穴だ。アウプロメスは、やられた、と思った。そして、相手のウラプチャネスケモの正体を把握した。フフファイケモだ。そう、この落とし穴を用いた戦術こそ彼が墓堀人と呼称される所以である。大抵のウラプチャネスケモは発情期には性欲のせいで短絡的な攻撃を見せがちだが、まれに冷静で凶悪明晰な個体がいる。それがまさしくフフファイケモであり、先々代から現在にかけて6人の戦士を墓に埋めた張本人であった。アウプロメスの意識はそこで途切れた。


アウプロメスが気づいたときには、既に空が暗くなり始めていた。敵の策にかかって気絶したことを思い出したアウプロメスは、まだ自分が埋められていないことに安心しつつ、最悪の予感を抱きながら穴をよじ登って脱出し、女達が穀物を採集していた場所へ向かうべく木の葉を泳いで進んだ。空気に血の匂いが混じっていることに気づいていたが、あまり考えないようにした。

穀物の生える拓けた場所に戻ってきた。アウプロメスは来たときと風景が大きく変わっていることをまず認識した。穀物のなる背の高い植物は赤い色彩を帯びていた。植物だけじゃない。地面も赤黒く染まっている。三歩歩くと何かやわらかいものを踏んだ。見ると何か動物の内臓のようであった。さらに歩くと、黒くうごめく影が見えた。アウプロメスはもう半ば夢見心地で、警戒することなく黒い影をよく見ようと進んだ。

まさしく地獄絵図であった。女の頭が地面に並べられていた。皆恐怖におびえ叫んだままの表情をしていた。手や胴体はばらばらに引き裂かれ、頭の前に並べて置いてあった。おそらく頭と体の持ち主ごとに、几帳面に並んである。中でも乳房の大きい女は胴体から乳を切り取られており、赤い切り口が冥界の入り口の穴のように鮮やかな色をてらてらと光らせていた。下半身は、胴体から切り離されて、黒い影、すなわち、フフファイケモの周りに配置されていた。それらは足を広げられてあった。フフファイケモは、その中の一つの下半身の生殖器の部分に自分の屹立した男性器を挿入し、腰を振るっていた。よく見ると既にいくつかの下半身の生殖器からは白い精液が漏れ出していた。今フフファイケモが蹂躙している下半身は、最も小さいものだ。おそらく10歳の女、ポリナケのものだろう。彼女は守り人の戦士の1人デラママホンの妻で、先日結婚したばかりだった。フフファイケモは射精を迎え、そのポリナケの下半身を地に置き捨た。置き捨てられた下半身の、毛の生えていない平らで滑らかな女性器の割れ目は押し広げられ、桃色の内部から精液が漏れ出してきた。フフファイケモは次の下半身を取り上げて顔の高さまで持ち上げ、生殖器の部分に目を近づけた。今度の下半身は、12歳の女、ギュネファファのものだ。足首に白と赤の布飾りがついているから判断できた。綺麗な肌色の女性器はまだ未成熟で、一本の割れ目の線が入っているだけだった。しかしフフファイケモはそれをしげしげと眺めた後、舌を入れて押し広げた。奇妙な唸りを上げながら下半身を再び堅く屹立させると、舌を抜き指3本を乱暴に膣口に入れた。どうやら肌が裂けてしまったらしく、割れ目の線が痛々しく拡張された。フフファイケモはその女性器に自らの黒い性器を挿入した――。(続く)

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アウプロメスはその後どうやって集落に帰ったのか覚えていなかった。

気がついたら集落全ての民が輪になって座る族長円陣の会議の中央に、戒めを施され木に縛られていた。年老いた白髭の長い族長が儀式開始の合図をすると、守り人達7人がアウプロメスを囲い、周囲を回り始めた。これは裁判の儀式である。仕事に失敗した男はこのように裁判にかけられ、その後の処遇を決定されるという慣わしがあった。特に守り人には特殊な罰が設定されており、それは族長と他の守り人の話し合いで決められた。

――ヴネネオオの子ボジエニ、ボジエニの子、アウプロメスの未熟と過ちについて、ゲルタヴァーナの神に誓って公正にして厳格な贖いをここに求めるものである

族長がつぶやくように宣言すると、守り人達7人は原始的な3種類の母音を唸るように順番に叫び、アウプロメスを睨みながら回転の速度を上げる。やがて母音の叫びに子音が混じりはじめ、言葉が意味を成すようになってきた。

アウプロメスを炎熱の地獄に送り給え!

アウプロメスの肉体を黒炭に変え給え!

アウプロメスの目玉を黒鳥に与え給え!

族長も叫び始める。

アウプロメスは炎熱の地獄に送られるのが良い!

すると守り人達も族長の意見に迎合し始め、男達の叫びはアウプロメスを炎熱の地獄に送ることで一致をした。そこから1時間ほど彼らはアウプロメスの周りを回転しながら、炎熱の地獄、と叫び続けた。アウプロメスは目を伏せ静かに黙想をしていたが、儀式が終わって戒めを解かれると悲愴な覚悟を決めた澄んだ表情をしていた。

炎熱の地獄とは無論赤道のことである。普段赤道には火事が常に発生しており普通種の生物や植物は生息しえず、固有種のみの楽園となっている。当然そこに送られるということは、アウプロメスは肉体を焼かれ、そこに住むウラプチャネスケモ達に攻撃され、死んでしまうのだろう。だが守り人にとって炎熱の地獄に送られるということは、一つの名誉でもある。そこで死んだ場合、ただの焼死としてではなく、敵の本拠地に進撃して討ち死にしたものとして解釈されるからである。戦いの中で散った守り人は集落の守り神となり、永遠に民を見守る役目を神から与えられると信じられているのだ。

かくして儀式から3時間後、アウプロメスは戦いのための最後の食事である黒鳥の肉と野草穀物(アウプロメスはこれを食べるとき涙を見せた)を与えられ、4人の守り人と族長に連れられて赤道との境界までやってきた。赤道との境界は当然温度が高くなっており大きな岩石が転がる草も生えない不毛な地形であったが、戦士が赤道に送られる入り口は決まっており、そこは温泉が湧き出す熱い沢になっていた。およそ60度の温水が30センチほどの水深でゆっくり流れており、そのお湯に足をつけて向こう側、赤道へと足を踏み入れるのである。族長が最後の別れと激励の言葉をアウプロメスにかけると、アウプロメスも決戦前の最後の言葉を残すことを許された。アウプロメスはまずついてきた4人の守り人に感謝を述べ、深く謝意を示した。その4人の守り人の中にはデラママホンもいた。戦いに赴く守り人にとっては、過去の失態を名誉で取り戻すのが誇りある態度とされる。確実な死と業火の苦しみを前にして他者を気遣う様子を見せたアウプロメスにデラママホンは感激し、深い尊敬の念と赦しを示した。次にアウプロメスは族長に向かい、感謝とこれからの集落の存続、そして守り神となった後の自身の取り扱いについていくつかの要望などを伝えた。族長はそれらを快く受け入れ、最後にゲルタヴァーナと集落の栄誉を背負って死に、罪を洗い流す誇さを賞賛し、守り人と共にすみやかに帰路についた。

アウプロメスの覚悟は堅く、精神は強く研ぎ澄まされていた。もう空はすっかり暗く、月の光だけが沢から上る湯気を神秘的に照らし出していた。これから自分はあの陰惨な罪を洗い流し、神への高みへと進むのだと考えると、これ以上ない喜びに満ち溢れた。代々伝えてきた優秀な守り人の血はアウプロメスで途絶えてしまうが、その血は罪で黒く濁ってしまったのだから、再び自らの流血を以って洗い流し、今度は血ではなしに一族の美名を伝えていかなければならないのだ。

さあ、時は来た。皮膚を茹でる熱湯に足をつけ、ぐいぐいとアウプロメスは向こう岸まで進んだ。足の皮はぴりぴりと剥がれ、血がにじんでくるのが感じられた。同時に罪の汚れが洗い流されるのを感覚的に実感しているようだった。

ついに赤道に足を踏み入れた。気温は現在90度ほどだろうか。全身から汗が噴出してくるのが分る。アウプロメスは赤道固有種の奇妙な形をした木々を掻き分け、どんどん歩き進んだ。言い伝えによれば、10分歩いたところにウラプチャネスケモの巣が存在するという。纏わりつく不快で高温な羽虫や蛙を薙ぎ払いながら、やがてアウプロメスは拓けた場所にでた。すぐ目に入ってきたのは、いくつも重なる黒い肌の肉体だ。どうやら繁殖期を迎えたウラプチャネスケモの個体が集団で交尾をしているようであった。通常ウラプチャネスケモは交尾をする前に、自分の生殖器を他の生物や物体にこすりつけたりして準備を行う。フフファイケモが女達を猟奇的なやり方で殺戮した後陵辱をしていたのも、交尾の事前準備であったのだ。特に凶暴な個体はあのように多数の人間の女を使うことがあった。そのような経験をした個体は、交尾行動において他の雄よりも優位に立てるという事情があるらしい。とにかくアウプロメスはあの悲劇を脳裏から打ち払い、熱気に犯され冷静でなくなった感情を一気に燃やし、怒りを抱いて彼ら交尾中のウラプチャネスケモに突進した。

チャレステ オ モ ホガルデヌシ サヌ クラクラ ベンバウガガ!(今こそ味わえ、怒りと名誉のベンバウガガ!)

突然の人間の来襲と大声での威嚇により驚嘆したウラプチャネスケモ達は身が竦み、ひっくり返る者さえ居た。アウプロメスは一番手前にいた個体にこれまでに無いほどベンバウガガを華麗に決め、脳天から叩き落した。首の骨が折れる音がし、そのウラプチャネスケモは泡を吹いて昇天した。アウプロメスは気勢を上げ、咆哮しながら次々と技をかけていった。ベンバウガガだけでなく、相手の股座に頭から突進して両ももを掴み、そのまま後頭部から転倒させる奇襲技「ポクィネポク(激流)」、一気に飛び込んで相手の首を掴み、股座に足を差し込んで腰を折り曲げ投げ飛ばす「ユラネシオ(雨乞い)」等を用い、集落でもっとも武勇に優れる彼の、生涯最大にして最高の戦いを展開した。

ふと気がつくと交尾に集まっていたウラプチャネスケモの異変に気がついたのか、およそ50体ほどの黒い援軍がアウプロメスを囲んでいた。ウラプチャネスケモ達は数の優位を確信した不敵な表情を浮かべてアウプロメスに向かってきたが、1対多数戦闘こそアウプロメスが最も得意とするものであった。何を隠そうアウプロメスが守り人に選ばれた理由は、14歳の時に3体のウラプチャネスケモに囲まれた状況で、1体を葬り去り、2体に瀕死の重傷を負わせて生還したという事件によるのだ。

ヌホホ ボルガネ レ ベンバウガガ!(流星と重力の滝落とし!)

アウプロメスが得意としているベンバウガガであるが、実はいくつものバリエーション技を用意していた。中でも多数戦闘を想定したベンバウガガの変化形は、他の誇り高き守り人が教えを請うほどの技であるのだ。アウプロメスが黒い軍勢に流星の如く身を沈めたかと思うと、次の瞬間3体のウラプチャネスケモが大地に頭部を打ち付けていた。余りの早業にウラプチャネスケモ達はたじろいだが、その隙こそアウプロメスの思う壺であった。棒立ちになったウラプチャネスケモにはユラネシオが簡単にかかる。ユラネシオは威力こそ高いものの難易度が高い技である。ユラネシオをかけられたウラプチャネスケモが再び立ち上がることは無かった。木偶の坊を8体技の餌食にすると、ようやくウラプチャネスケモ達も事態の深刻さに気づいた。ウラプチャネスケモ達の間でも、人間の中に特に恐るべき者が存在することが把握されていた。そう、その者こそまさにアウプロメスであったのだ。

何体かのウラプチャネスケモが引き続き打ち倒された後、群れは少しずつ退却を始めた。何か企んでいるのだろうか、言葉を交わし合いながらアウプロメスを遠ざけるように、声で威嚇しながら後ずさって行った。熱で意識が朦朧とし始めたアウプロメスは冷静な思考力を失いかけており、ウラプチャネスケモの様子に気づかぬまま無意識に突進を続けた。

そのまま3体ほどの個体を投げ捨てると、堰を切ったようにウラプチャネスケモは騒ぎ始めた。アウプロメスもかろうじて異変に気がついたが、そのときには既にウラプチャネスケモ側の秘策が発動していた。

ウラプチャネスケモ至上最も凶悪な個体、フフファイケモがアウプロメスの眼前に立っていたのだ。

アウプロメスはフフファイケモの醜悪な顔を認めると、脳が最後の思考力を紡ぎ始めた。

――フフファイケモ――墓堀人――墓穴――。

アウプロメスは突進を止めた。足下を見ると、命を喰らう地獄への門が口をあけて待っていた。

フフファイケモは落とし穴を気づかれたことに苛立ちを感じたようであったが、近接戦闘にも絶対の自信があったため、腰を引いて両腕を相手に向かって伸ばす独特の構えを取り、不敵な笑みを浮かべた。アウプロメスは落とし穴を軽々と飛び越え、フフファイケモに向かった。

フフファイケモは飛び込んできたアウプロメスの腕を、自身の伸ばした腕で絡めとろうとした。アウプロメスはすばやい反応で伸びてきた腕を払い体勢を低く沈ませ、フフファイケモの腰を取ろうと狙った。フフファイケモの方もその動きを察知し、黒く強靭な筋肉から繰り出される強烈な前蹴りを放った。人間からのウラプチャネスケモへの打撃は堅い皮膚の鎧に守られて効かないが、ウラプチャネスケモの堅い肉体が繰り出す当て身や蹴りは、人間の四肢を引き裂いてしまうほどの恐ろしい威力を持っている。アウプロメスは腕を十字に組んでその蹴りを受け止めた。日本の空手において最も堅いと言われるいわゆる十字受けの防御であったが、アウプロメスの壮健な筋肉をまとったその腕でさえフフファイケモの蹴りで痛々しい深い切り傷が刻まれ、血が吹きだした。フフファイケモは追撃の手刀をアウプロメスの脳天に放とうと腰を落とし前傾した。アウプロメスは蹴りを受け止めた衝撃を上手く使って後転し追撃を不発に終わらせ、ベンバウガガの体勢に入るためフフファイケモの振り上げた腕に身を忍び込ませようとした。フフファイケモは素早く懐に飛び込んできたアウプロメスに反応できず、手刀が空を舞った。その隙を逃さず、遂にアウプロメスはフフファイケモの右腕を捕らえた。両者は対照的な表情を浮かべた。アウプロメスは勝利の顔を、フフファイケモは恐怖の顔を。(続く)

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その後集落では、最も武に優れ勇敢であったアウプロメスを守り神として崇める、「プレホアニヂッヂ(守り神の招待)」の儀式を行った。アウプロメスの妻は11歳の背が低く大きい目をしたチュラプタという女であったが、彼女は自ら喜んで儀式の供物として犠牲になった。アウプロメスは禁欲的な男で、まだチュラプタと夫婦の契りを交わしたことはなかったのだが、儀式に用いられる女が処女ではいけないので(処女膜は神から集落に与えられた神聖なものであって、それを受け取らずに犠牲にする=神に返すことは大変な無礼と考えられた。)チュラプタはデラママホンを筆頭に守り人他合計17人の男に犯された。精液を溢れるほど腹部に含んだままチュラプタは望みどおり首を掻っ切られ、悦びの表情で神へと捧げられた。そして集落全員が諸手を挙げて新しい守り神アウプロメス・ヂッヂを迎え入れたのであった。

その日赤道では年に数回の頻度で起こる規模の大火事が発生した。夕焼けの赤と相まって、島はあたかも全体が火山口であるかのように炎の色が蠢いていた。


――アウプロメスが赤道に送られたのを境に、集落を長年恐怖に陥れたフフファイケモは姿をまったく見せなくなった。集落の民はアウプロメス・ヂッヂの霊験であると喜んだ。アウプロメスの強さを実感していた守り人達は、あるいはアウプロメスが焼け死ぬ直前にフフファイケモと一戦を交え勝利を収めたのかもしれないと考えた。

いずれにせよ、アウプロメスの最期を知る者は無く、伝説のみが語り継がれるのであった。