ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

一ヶ月とたたないうちに仕事を辞めた理由

 私の友人西山氏は新卒で就職したけれどもすぐに辞めた。なぜか。

1.そもそもなぜ就職したのか。

 財産がないから。自分の身体と時間を売って、日銭を稼ぐしかなかったのだ。これは西山氏の生まれの不幸だ。世襲財産がなかった。はっきり先祖の罪である。

2.就職してどうするつもりだったのか。

 一人の立派な紳士にとって、命と同じくらい大事なものは自由である。誰にも隷従しないということである。命を保ったまま(命を失えば即座に自由になれるのかもしれない)自由を得るには、財産(生産手段)が必要である。現代日本において、西山氏のような財産を持たない階級の者が新たに財産を得ようという場合、衣食住医を満たしてなお余った賃金で株を買うなどするのがよい。少しずつ身分を株主に転じていく。西山氏は財産を形成するつもりだった。自由のために。

3.なぜ予定通りに始まりかけていた労働生活を中断したのか?

(1)相手方が契約外の奉仕を強制してきた。

 平たく言えばただ働き、サ-ビス残業を強制してきた。一人の紳士が自由を手にするための奮闘、なるべく時間をかけずに資産を形成する試みを、卑劣にも妨害しようというのである。相手が契約に反した場合、取り得る行動はいくつかある。

 A.相手のことを紳士らしからぬ嘘つきであると侮辱し、決闘に持ち込む。剣によって決着をつける。
 B.権力に報告する。間接的な剣によって成敗するのだ。
 C.降伏し、相手の主張に従う。

 西山氏はAを選択した。専務と名乗る男を見事、一刀のもとに殺害してみせた。

(2)社内の雰囲気が邪教めいていた。

 社長と名乗る、人生で一度も命を賭けた決闘をしたことのない臆病な商人に対して、どういうわけか社員皆、神に対するがごとく服従していた。その光景を西山氏は嫌悪した。たとえば社長が姿を現すと、社員は手元の仕事を放り投げてその場に起立する。コンマ一秒で軍人のように起立して、次のコンマ一秒で深々と礼をする。社長が「よい」というまで、顔を上げてはならない。ただの契約上の上役に過ぎない、弓も引けぬ男のどこがそんなに尊いのか。

「全員、偶像を崇拝するのをやめろ。こいつの正体を暴いてやるぞ! こいつはただの人間だ!」

 叫びながら、西山氏は社長を槍で殺害してみせた。胸をずっぷりと突いたのだ。そうしたらすぐさま、故社長の息子が「社長」の肩書きを継承した。社員どもは新社長に盲従し始めた。西山氏は呆れはてた。

(3)同僚が悪霊にとりつかれている。

 同期として入社した者どもや、一年、二年先に入社した同僚どもの言動があまりにおかしかった。悪霊にとりつかれていたのかもしれない。そう考えたいところだが。

 A.「お前たちは会社の慈悲によって給料をもらってる」「だからお前たちは自分の財産(すなわち体力、時間)を無条件(契約外の状況で)で提供して、会社に尽くすべきだ」

 こんなわけのわからないことを言う男は、きっと狂っているに違いない、簡単な算数すらできないほどに錯乱しているに違いない、と西山氏は確信した。慈悲をこめた剣によって、その同僚を殺してやった。楽にしてやった。

 B.「新人研修が明らかに違法かつ不合理であるように見えるかもしれない」「しかしそこにはわれわれを人格的に成長させるための、真の目的、奥義が隠されているに違いないのだ。厳しい境遇が人間力を向上させる」

 地上にさまざまな金言を残した真理人は、決して言わなかった。「奴隷の境遇が、人を半神にする」などとは。この男は自分が奴隷の身分であることを誇らしく思う種族らしい。西山氏はそいつから手持ちの金や着物などをすべて奪い、鎖で拘束してやった。

 私はこの間、鎖に繋がれた裸の彼を見かけた。西山氏は今もその男を奴隷として使役しているのだ。彼が人格的に成長しているかどうかは不明である。どうやら最近はひどい扱いのためPTSD気味らしい。私が剣でペニスを切断してやったら、血まみれになってびくびく痙攣していた。西山氏と二人で大笑いした。

 C.「うちはブラック企業。それのなにが悪い?」「ブラックでいいじゃん」
 
 自分から名乗ったわけだ。

「私は紳士を奴隷の境遇に固定し、彼から奪えるだけの財産を奪う、卑怯な盗賊集団に荷担する者である。紳士たちの定めた神聖な法律よりも、われわれの皇帝、社長殿の言葉のほうが正しいと信ずる男である」と。

 殺してやった。みんな殺してやった。逃げるやつらは追わなかったが。

4.結末

 大胆にも西山氏を隷従させようとした恐れ知らずの企業は、他でもない猛勇、西山氏その人によって壊滅させられた。倒産、ではなく、文字通りの全滅、皆殺しである。西山氏は戦争の勝者として当然の権利を行使した、すなわち敵の財産をすべて手に入れた。かくして彼は当初の目的を遂げ、晴れて資本家と相成ったのである。数百億の株式と不動産を保有し、年に八億円程度の収益をあげているとか。

 今では彼も、3.(3)のA、B、Cと同じようなことを言う社会人(いつも西山氏は「シャカイジン」と聞くと大笑いする)どもに感謝しているという。なぜなら八億円の年収は、奴隷どもがせっせか産み出してくれるものだからだ。ある真理人によれば、人間が真理人になるか、その他の自由人になるか、それとも奴隷になるかは、生まれる前から決定しているという。つまり父親のつくり出す種の段階で決まっているのだ。

 西山氏は言う。

「日本男児の子種には、奴隷の素質が含まれすぎている。日本人による精子バンクへの子種提供は、人類のためを思うなら、禁止すべきだろうな」

 幸か不幸か日本の大地に産み落とされた私としては、彼の発言に苦笑いで答えるほかなかった。 

「そりゃひどい言いぐさだな。貴公も日本人だろうに」

「おれかい? おれは日本人じゃない。世界人だ。資本家はみな世界人だよ。一つの国が滅びようとも、財産を他へ移して安楽な移住ができる。地球のどこでだって立派な生活が可能なのさ」

「そうかもしれんな。実際、日本人にしておくには、貴公はあまりに勇敢すぎる」

「ああ。おれはアレクサンドロスの子孫だ。だがな、東野、おれはお前が羨ましいよ」

「これは妙なことを言う。貴公ほどの大王、お大尽が、私のような剣と信仰の他に財産をもたない人間を羨むとは理解に苦しむが」

「その剣と信仰というやつだ。その二つだけで身を養ってるお前こそ、地上における真の王者なのだと常々思うよ」