ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

テレティカイズ・ポルパーの簡潔な私闘(1)

「人が知覚することの難しい領域に興味をもつ奴がいる。わざわざ」
 老哲人は肩をすくめながら、女の豊かなバストにじっと視線をそそいだ。
「バカげたことだ。知らぬことは知らぬで通せばいいものを。身の丈に合わぬことを求めるから破滅する」
「破滅を破滅と感じない人種なのですよ、そういう手合いは」
 大学生風のその若い女は、哲人の求めているところをすぐに察知したらしい。
 慌てた手つきでシャツのボタンを外し、水色のブラジャーをずらして乳頭を露出する。
 いちごの実ほども大きな乳首。
 冬の厳しい外気に触れてきゅぅと縮こまったように見えた。
 哲人はほほぉと歓声をあげる。
 女は顔色一つ変えずに会話を続けた。
「金にも色にも名誉にも興味を示さない人間ほど、強力な存在はありません。彼らは実際非常に強力で厄介ではありませんか?」
「だとしても、バカなことに変わりはないだろう」
「バカであっても厄介なことは確かです」
「ならば排除すればいい。簡単なことだ。お前をこんなところに呼び出したのは、なにもただ性の慰みにしようというつもりからではない」
「さんざん人の身体をいじくり回し傷つけておいて、よく言いますね」
「一人前に女みたいなことをほざくな。気色の悪い」
 心の底からわき上がってくる嫌悪を表情に示しながら、老哲人は女の左胸をわし掴みにした。つきたての餅みたいに柔らかな乳房を絞られて、女は顔をしかめた。
「痛いです」
「今さらこのくらいのことで『痛い』だと。まだ『可愛がり』が足りなかったと見える」
「もう勘弁してください」
「黙れ。十秒以内に母乳を噴出させろ」
 なんの前触れもなく突きつけられる、突拍子もない要求。
 老哲人の手に力がこめられる。
 女の胸はねじ切れそうなほどに変形してしまっていた。
「無茶を言わないでください」
 しかし女の声には、懇願も悲嘆も混じっていない。淡々とした調子は変わらない。
「従わなければこの場でお前を全裸にする」
「では全裸にされるしかありません」
「時間切れだ。脱げ。五秒以内」
 女はほとんど引きちぎらんばかりの勢いで、シャツを脱ぎ捨てた。
 背中に手を回してブラジャーをも外そうとするが、老哲人は手のひらをかざしてそれを制止した。
「五秒経過。時間切れだ」
「どうすればよいですか」
「あの電柱を見ろ」
 老哲人の指が示すのは、道路を挟んで向こう側の、歩道に立っている電柱。一メートル横に自販機が三台並んでいる。
「これから電柱の横を通った人間を襲え。犯せ。男でも女でも若いのも老いたのも」
「勘弁してくださいませんか」
「だめだ。やれ」
「私に拒否権はないのですね」
「ない」
「分かりました。どこで人が通るのを待っていればいいですか」
「電柱と自販機の間だ」
 女は指示に従い、上半身下着姿のまま電柱と自販機の間、一メートルほどのスペースに収まった。
 老哲人は向かいの歩道から満足そうにうなずき、携帯電話を取り出す。
 数分後。
 不自然なくらい人の姿の見えない、静けさのみが颯爽と行き来するこの通りに、一台の車両が姿を現した。特徴的な白と黒と赤。パトカーだ。 
 パトカーに乗り込んでいる二人組の警官は、異常な格好の女を見いだすと即座に降車して駆け寄った。
「お姉さんどうしたの!」
「大丈夫? 今、通報があったから来てみたんだけど! なにかあったの?」
「おまわりさんに話してみてくれないかなあ?」
「とりあえずパトカーのなか入ろうか? ね? 寒いし」
 女はなにも答えない。うつろな視線は老哲人のほうへと向けられていた。
「やれ」
 老哲人はほとんど自分にも聞こえないような、ごく小さな声でつぶやく。
「二人ともだ」
 と同時に、女は警官に飛びついた。

 半裸の女と二人の屈強な警官。 
 圧倒的な体格差、戦力差にもかかわらず、取っ組み合いの末、相手を行動不能にしてしまったのは女のほうだった。
 息を切らして倒れている警官は、一人ずつ装備を奪われ、衣服を脱がされ、無理矢理性器を女の中に挿入させられたあげく、長い時間をかけて射精に至った。
 痴態の繰り広げられている間、ひとっ子ひとり通行することはなかった。
 西に傾き始めた太陽も、天に占める位置をわずかたりとも変更することはなかった。
 時が止まってしまったかのように。
 女は二人目の精液を体内で受け止めると、深く息を吐いてから、
「済みました」
 とだけ、一部始終を観察していた老人に報告した。
 立ち上がりながら相手との結合を解消し、股からぬらぬらとした粘液をしたたらせる。
 警官は静かに泣いていた。顔立ちからして、二十歳前後のうぶな若者と思われた。
 一人目のほうはベテランの中年で、行為後ずっと仰向けに空を見つめている。
「テレティカイズ・ポルパー」
 身体の汚れたまま衣服をそそくさと身につける女に対し、老哲人ははじめて名前らしい呼びかけをした。
 テレティカイズ・ポルパー。
 日本人の名前でないことは明らかだ。
 だが女の顔立ちや体つきは、間違いなく彼女が日本人であることを、少なくともモンゴロイドの端くれであることを証明している。
 偽名、通名、そういった類のものなのかもしれない。女は素直に返事をした。
「はい」
「風呂には入れよ」
「ええ。もちろん」
「よし。では本題に入ろう。『バンダラックの解放者』を消せ」
「分かりました。ですが」
「ですが、なんだ」
「前置きが長すぎます。もっと早く本題を伝えてくだされば助かります。毎回」
「ここは『無想包囲(バル・ダ・モウド)』。時間は経過しない。長いも短いもない」
「私の精神が消耗します」
「消耗して死ねばいい。お前はしぶとすぎる」
「私の唯一の取り柄です。しぶといということが」
「腹の立つ取り柄だ。ぶちこわしてやりたい。とりあえず陰部を露出してしゃがめ。陰核を何度も蹴りつけてやる。七回蹴られるごとに、十ミリリットル放尿しろ。多くても少なくてもダメだ」
「無理です。器用に量を調節することなどできません」
「蹴られて姿勢を崩したり、尿を止められないようなら罰だ。今度はあの警官の手足二十本の指、二人分で四十本の指を一本ずつ使って自慰をしろ。計四十回絶頂に達するまではこの『フィールド』から帰さん」
 結局、テレティカイズ・ポルパーは陰部を四回蹴り飛ばされてひっくり返り、尻餅をつきながら歩道の点字ブロックを尿でしとどに濡らした。ミリリットル単位の排出量調節など出来ようもなかった。
 だから罰として、永遠とも感じられるような時間をかけて、自慰にふけった。
 二人の警官がぴくりとも動かなくなり、今にも絶えてしまいそうなほど呼吸が弱々しくなった頃、テレティカイズは足の小指で性器を刺激し、四十回目の絶頂を迎えた。
「もう……………………満足でしょう」
 さすがにテレティカイズの声にも、酷い疲労の色がにじみでていた。
 自慰の道具とされた警官の指はどれもしわしわにふやけ、酸っぱい匂いを発している。
 もはや服を着る気力もなく、テレティカイズは全身から性的な異臭をぷんぷんさせながら歩道に崩れ落ちた。
 面白くもなさそうに自慰を観察していた哲人は、けだるげに口を開く。
 何時間ぶりのことだろうか。
「『フィールド』からお前を出した場合、お前は私を殺そうとするだろう」
「今となっては言うまでもないこと。当然です」
 憔悴していても、決然と、テレティカイズは返答する。
「これほどまでの侮辱を何度も繰り返されたのですから。殺します。間違いなく」
「そうか。やはりな」
 老哲人は顔中の皺を口元に集めたような、醜い笑みを浮かべた。
「殺したいほど憎い老人に、若くてぴちぴちの肉体をいたずらされた気分はどうだい」
「長年性的いたずらの対象であった無力な娘に、これから殺される気分はどうですか」
 テレティカイズも静かな、それでいて凄みのある笑顔で対抗する。
 両者の間にしばし沈黙が訪れた。
 老哲人が観念したように会話を再開させる。
「『解放者』さえ地上から消えるなら、私なんぞは死のうが永劫の苦しみを受けようがかまわない」
「知ることのできない秘密は、知ろうとも思わない、というわけですね」
「ああ。これ以上の知識はもはや不要だ」
「珍しい人もいたものです。せいぜい苦しめて殺します」
「好きにやれ」
「『フィールド』は、『無想包囲(バル・ダ・モウド)』は今日をもって私が継承します。まずはじめになすべきことは、『解放者』の殺害。つぎにあなたを惨殺」
「おうおう、勇ましいこって。私の顔見てぶるぶる震えながら崩れ落ち、ぷしゅぅっと鋭い音とともに失禁してたあの泣き虫少女時代が懐かしいよ。はじめてお前の性器をいじめてやったのは、お前が十二歳の頃だったかな。まだ産毛しか生えてなかった」
「…………」
「まあいい。とにかく『解放者』の件だけはしくじるな。いいな?」
「はい」