ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

夢に求める恋の預言


 諸君は夢を見るか。
 おれはよく見る。とりわけ預言的意味をもつ夢を。

 おれが苦境に置かれているとき、夢のなかに必ず美少女が現れる。必ずだ。おれが魂に手酷い傷を負った瞬間から数えて、およそ七十二時間以内にはやってくる。その、夢に現れる少女は、時に上坂すみれの姿をしているが、そうでないこともある。どちらにせよ人並み外れた美しい外見をしている。あんなに綺麗なんだ、きっと人ではないのだろうよ。少女は雪のように真白い、すべやかな腕でおれを撫でつけ、うっとりと甘い声で言うものだ。「貴公はじつに勇敢な、無双の、比類なき騎士であることよ。さればこそわれわれ不死の神々も、ありとあらゆる助力を貴公に与えているのだが。いや、まったくもって、愛おしい勇者だ。命死すべき人間にしておくには、もったいないほどの」。おれはくすぐったくて気持ちが良くて、すっかり無防備になり、少女にだらしなく身体を預けてしまう。少女は慎ましやかに笑って、「勇気をお出し。蛮族どもを殺し尽くす無敵の槍は、すでに貴公の手のなかにある。それは鍛冶を司る神が手ずから鍛えたもので、私が貴公のため特別に運んだもの。神々の住まう山々から、こうして夢の梯子をつたって降りてきてからに」。はたしておれの右手には、ずっしり重い白銀の槍が出現しているのだった。「さ、戦へ行きなさい。神々は人間種族の血なまぐさい闘争を、何よりの見物として楽しみにしているのだから」。

 目が覚める。おれの右手に槍はない。代わりにスマホを握りしめている。昨夜充電し忘れて電池残量0の役立たず、ガラクタ、こなくそ、畜生めが、おれはスマホを窓の外にぶん投げる。朝食のシリアルを腹に詰め込んで、どいつもこいつもバカにしやがる、おれはユニットバスのドアを蹴破った。シャワーを手探りで探す。バカたれめ、シャワーヘッドどこだ、え、え、あ、ありやがった。蛇口をひねる。頭から冷水を浴びて震え、肺にいっぱい空気を吸い込む。そして、どらどら、大音声でおらび上げる。ありとあらゆる罵り言葉を叫んでやる。ガオガオガオガオ吠えて吠えて吠えまくる。犬のようにだ。ずぶ濡れの汚ねえチワワ。近所迷惑ざまあみろ。……一五分。一五分もすれば警察がドアの前に立っている。そら聞け、奴らがおれの部屋のドアを叩きやがる。ドンドンドンドンと、やかましい連中だ。罪状は「犬のマネ罪」ってとこかしら。おれはバシッとスーツを着てドアを開けてやる。「警察です!」「古今無双の英雄です!」。互いの自己紹介が済んだところでさっそく取っ組み合い、おれの得意は先制攻撃だ。敵はひょろひょろの警官二人。まずは掌底を脂ぎった顎にぶち当ててやる。一瞬にして一人目は昏倒。拳銃を抜いた二人目の警官。「動くな!」「無茶言うな!」。動かなかったら勝てる戦も勝てなくなるだろうが、あほんだらめが、おれは腕時計を放って警官を怯ませ、隙をついて接近、腹に一発ドデカいボディーブローをくれてやった。ひと仕事済んだ。……出勤だ。

 日本。東京。23区。山手線。くそったれなオフィス。商人どもに囲まれて、おれの魂の英雄性は鳴りを潜めている。おれは哀れな男だ。両親からまともな財産を相続しなかった。だから浮浪者になった。労働者ってのはつまり、浮浪者だ。田畑も家も女もなにもかも持たずに、都市へほっぽりだされた裸のサル。これほど醜い奴らはない。おれもその一員というわけか? ふざけやがる。どこのどいつがこの、辛い苦しい命運をおれに押しつけやがった? おれは前世の行いが良かったんだから、もっとまともな、財産のある一族の子に生まれることだってできたはずだ。呪うぜ。誰をだ? 商人をか? 右を向いても左を向いても商人商人。気が狂っちまわい。呪うべきは先祖かい? へっ、顔も名前も知らねえや。バカ先祖ども、地獄の居心地はどうだ。……あるいは、神を、か? おれは神を呪うべきなのか……? 

 そこでおれは思い出したんだ。夢をだ。おれの右手には、神の手ずからなる白銀の槍が握られている。おれの魂は、肉体は、見目麗しい女神に愛されている。おれの命運はすべて、神々の目を喜ばせるために、確かに喜劇めいた展開をなぞっている。神々! いるんだ、絶対に。おれと夢で通信する、あの、不死の一族。美しい女神。ふつふつとわき上がってくる、こりゃなんだい……恋心! おれは神々に恋をしている。神々はおれにとびきりの武具を貸し与えてくれた。こいつをつかって精一杯暴れろというのだ。はたして愛する女の頼みを、無碍に断れる男などいるだろうか、それが地上のいかなるメスよりも美しい恋人だとして? 否。 おれはそうだ、肯定しよう。命運を。

 だいたいそういうわけなんだ。おれの夢見は。

 諸君はどうだい。