ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

Gods-X

政治家の無能を痛烈に批判する衆愚たちがいた。

彼らは自らを人情深く、自立した人間として、未完成を自覚しつつも、その未完成さを誇りに思いつつ、強い矜持をもって生活している。

彼らは多くの場合一とある分野にてひとつの役割を果たし、社会的な地位を獲得している。

しかし彼らは己の罪深さに気づかない。彼らは自らが怒りの対象となることを自覚しない。
彼らは怒りを抱く。誰に。逸脱するもの。別世界のもの。親的存在。
彼らは自らに当てられる怒りには関心を向けない。
彼らの矜持は強大だ。過ちを省みる謙虚さを持ち合わせない。

過つことをさえ矜持にするふしもある。


それでも、だ。それでも。
彼らは自らが攻撃するその対象に、自らの影を見出さないという罪!
なんと愚かで視野の狭いことか。
彼らは自らの、いうなれば庶民的性質に矜持を置く。
しかし庶民的性質の由来は、そもそも貴人的性質にある。
貴人的性質なくして、庶民的性質も認められることは無い。
彼らは貴人を逸脱者と見なす。彼らは貴人に怒りを抱く。そう。誤った方向の怒りだ。

彼らは貴人を悪とし、その対極にある自分達に正義を見出した。

そして彼らは生存のために、その誤謬を必要とする。継承する。

「政治家は働かない」

ほう、その情報源は?なになに、新聞?テレビ?そうか。

まあ、慌てず一つずつ話を進めていこう。まずは、君達の好む物語を聞かせようか。

男がいる。男は健康で、肉体も壮麗、強い正義感と清い道徳を持ち、人のためになる仕事に従事するのを自分の天命だと考える。いたって君達の好みそうな健全な主人公だ。

男は家族のために仕事に従事する。家族は男を賞賛する。
男は友人のために仕事に従事する。友人は男を賞賛する。
男は一族のために仕事に従事する。一族は男を賞賛する。

男は大衆のために仕事に従事する。大衆は男を見ない。

男は大衆に評価されない。男に着目するには、大衆はあまりに乱雑すぎた。

そう。君達はこのような物語を好むはずだ。
無償の奉仕!道徳!善行!

この物語は悲劇だ。終局では、男は死ぬ。どのように死ぬか。
目で死ぬのだ。

男はやがて大衆に敵視されるようになる。
男の善行は誤解され、弾圧される。男は死ぬ。悲劇の典型だ。

君達はこの物語を読んで、大衆を恨む。男を慈しむ。
君達はこの物語を読んで、個人の美しさを賛美する。集団の愚かさに憤慨する。
君達はこの物語を読んで、男を目指す。迎合を嫌悪する。


――さて、自分の身を振り返ってみたまえ。

君達が、自らが恨み、憤慨し、嫌悪した大衆そのものとなっていることに、気づかないことがあろうか。

君達は責任の無い政治家批判をする。

大衆は責任を負わない。個人は責任を負う。
政治家は個人だ。

君達は大衆の誤解に憤慨するはずだ。しかし、誤解は原因無くては生まれようが無い。
そして、その原因を作り出すものこそ、諸君らの憤慨を向けるべき相手だ。

政治家批判において、原因を作り出しているのは紛れも無く君達だ。
誤解とは情報の不足、歪曲によって発生する。
情報の歪曲を作り出すのは1人の、もしくは複数の黒幕だ。
それは今はここでは置いておく。

そして黒幕の悪行を払いのけるのは、大衆の道徳的義務だ。
正義を名乗ろうとする大衆であるならば、黒幕は追放しなければならない。
無垢を名乗ろうとする大衆?そんなものは、滅ぼしてしまったほうがいい。
(真理を名乗ろうとする大衆の時代は、まだこない。正義の毒を服し続け、生存を継承するのが現代の歴史的意義か。)

君達は果たして黒幕の所業を御し切れているだろうか。
君達は黒幕の発する甘い芳香に、身をまかせてはいないだろうか。

君達は、君達自身こそ憤慨を向けるべき相手だと、自覚をもっていないということはないだろうか。


君達は逸脱者に怒りを向ける。そして君達は自らに怒りの矛先が向くことを、禁忌とする。
既にこの点において、君達は怒りを向けられる対象たりうる。
君達が怒りに対する盾を手にいれ、さらには怒りの矛で罪を貫かない限り、真理の時代は来ない。


君達は政治家を批判する。虐げ殺すほどの怒涛と物量で。
君達は、君たちの嫌悪する大衆そのものだ。

政治家の仕事について、確信を得るまで情報収集を行ったか。
政治家の失敗について、その批判基準の秤に自らを乗せてみたことはないか。

君達は政治家を虐げ殺すほどに批判する。だから、虐げ殺す覚悟で批判の下準備を、誤解を避けるために行わなくてはならない。

しかし君達はそれをしないように思える。

政治家が清く正しい主人公だと言っているのではない。

君達の、無自覚な大衆的罪、それも君達自身さえ嫌悪するほどの大衆的罪が確かに存在し、君達が十分にあの残虐非道なる大衆たりうることを指摘しているのだ。



今日も青年が一人このようにして、怒神をその感情に宿したことを、諸君ら!記憶しておきたまえ!