リーガルVというドラマを見たらヤバかった話
最近おれはサウナが大好きで、3日に1回くらいのペースでサウナ付きカプセルホテルに通っている。熱いサウナと冷たい水風呂を交互にキメて、ベンチで腰を下ろして休んでいると「ああ、キタ、キタ」、と禅定(サマーディ)状態に入る。そんなのがおれの平日の、いじらしい小さな愉しみなのだが、ひとつだけこの娯楽にふけるにあたって生じる解決不能の悩みがある。
それは、サウナに入るとどうしてもテレビを見ざるをえない、ということだ。
おれはテレビはあんまり好きじゃないもんだから、サウナ・ルームに備え付けられたテレビ・モニタには視線を向けないようにしているのだけれども、音はどうしても聞こえてくる。サウナ中、ずっと耳をふさいでいるのは辛いしな。音が聞こえてくると、やっぱり画面のほうも気になってきてしまう。そんで、油断するとちょっとテレビに見入っていることがある。
先日、サウナの熱気に耐えて頑張っていると、飯をあんまり食わないからふらふらしてくるし、精神が浄化され神秘的な領域が見えてくるしで、大変愉快な状態だった。そんなときはたいてい、おれはオリュンポスの神々と交信することにしている。その日もおれはメントールに扮したパラス・アテーネーと会話していたのだけれども、テレビの音が会話に割り込んでくるものだから、交信とテレビの内容がごちゃまぜになってしまい、とんでもない幻覚が見え始めた。テレビ・モニタに映っているのは「リーガルV」というドラマだったのだが、そのドラマの世界をギリシアの英雄たちが侵略していったのだ。
だから、おれが視た「リーガルV」は世界中でおれしか視たことのない特別製のリーガルVであり、現在放映中の本物のリーガルVとは似ても似つかない物語を展開していった。だいたい、話は次の通り。
主人公、広末涼子は弁護士資格をもたないヤブの弁論家であり、弱者救済を旨とする慈善団体的法律事務所を経営している。そんな彼女のもとに、ある依頼が舞い込んでくる。それは、
「結婚詐欺集団を壊滅に追い込んでほしい」
というものだった。よくよく依頼者から話をきくと、どうも組織的な犯罪の匂いがする。この数年で幾人ものさえない男女が「素敵な出会い」「幸福な結婚」「自分磨きで圧倒的成長」などといった文句を餌にセミナー・高額商品・コンパなどに多額の金子を支払わされ、あげく、得たものと言えば虚無、すなわち世の無常への気づきのみ。なんの成果ももたらされなかったのだ。広末涼子は悪しき詐欺集団許すまじと決起し、仲間を動員するが、なんとまあ法律事務所のさえない部下たちも詐欺の被害者だったというのだから情けない。
広末涼子は集団訴訟の実行により敵の先手を取る。しかし、敵もさるもの、すでに歴戦の法律事務所を味方につけていたのだ! その名も朝鮮民主主義人民共和国! そう、あの勇猛果敢な軍事国家、北朝鮮の僭主政権が日本の司法へ堂々の宣戦布告だ! 武器をとれ、人民軍の勇士たち! これはもはや民事裁判の域をとうに超えている。すでに国家間の熾烈な闘争へとフェイズが移ったのだ!
広末涼子はこんなことで怖気ずく女ではない。
「向こうが国家なら、それもよろしい。こちらだとて負けていられんわい!」
ロースクール時代の人脈を駆使して着々と同盟都市国家を参集させる広末! アテナイ、スパルタ、テーバイ、の三国が結集し、日本の厚木基地に軍勢を派遣する!
アテナイの将軍はペリクレス! アテナイの黄金時代を打ち立てた益荒男! アテナイ軍のしんがりを務めるのは賢者ソクラテス!
スパルタの将軍はレオニダス! 獅子のごとき膂力を起こる王者!
テーバイの将軍はエパメイノンダス! モンテーニュの称賛を浴びた猛勇!
だが、朝鮮民主主義人民共和国のほうが一枚上手だった! テポドンだ! ミサイルの発射スイッチが押されたのだ!
混乱するギリシアの軍勢! そこへ現れたのは地球の救世主、若きエース麻原! 海よりも深い禅定(サマーディ)に至り、ついには超越人力を開発した異能力者!
「無明の闇を超えて――テーラーヴァーダの実践により――ひとはだれでも超越人力を獲得することができる。さあ、修業しよう! みんな、怠けるなよ!」
かれに加勢するのは宇宙の仏法を語る人民の教師、池田!
「仏法は宇宙です。山があり川があり……わたしの話は哲学的で文学調で……マハーロー。アローハー。バカヤローだバカヤロー(憂国の義憤)!」
さらには仏陀の生まれ変わり大川!
「ヘレン・ケラーです(降霊)」
新興密教と日蓮宗とよくわからんのが同盟を組んで日本の国土を防衛する! こんな感動的なヒューマン・ストーリーを演出できるとは、さすが、テレ朝は違う!
と思ったけどやっぱり幻覚だったので、その日は早めに寝ました。