ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

世界を征服したら制定したい法律 トップ3

 おれがその勇気膂力をもってして世界を制覇する日はそう遠くない。そのためおれが地球の玉座についた際、いったいどんな法律を定めるつもりでいるのかを紹介することは、決して無益ではないと確信する。今回はおれが普段胸に秘めている立法家としての側面を諸君に開陳するつもりでいるのだ。おれはこれでもギリシアの哲人たちに法を学んだ男であるから、力強い起草文を書いてみせるよ。弁舌もさわやかにみなを説得してみせるよ。世界はこれからおれのものになるよ。諸君、待っておれ、ただ待っておれ

 

第3位 帯剣の義務化

 

 およそ男と生まれたからには剣を帯びずにどうしようというのか。貴族であればなおのこと、戦争にも決闘にも剣は必要だろう。つまり、義務を果たすのにも、恋を愉しむのにも、剣は要るということ。だから、絶対、生きるのに剣は必要であるってことがおれは言いたい。だのに諸君はどうした、剣の代わりに黒いカバンをもって、「奴隷の服」とわれわれが揶揄するスーツなど着こんで、そんでそのまんま奴隷貿易船なみに酷いすし詰めの電車に乗って毎日死んだ顔をしておるじゃないか。「ビジネス」と言うと聞こえはいいが、そんなのはお笑い草だよ。諸君がやっているのは「ビジネス」じゃなくて株主のお手伝いさんなんだからね。

 そこへくると剣の時代が(おれが世界を統治する世紀が)やってきたら愉快だよ。通勤ラッシュなんてのはなくなるからな。なにせみんながみんな剣をがちゃがちゃいわせているのだから、満員電車というのは成り立たないよ。貴族の名誉にかけて、電車のなかで肩がぶっつかったりしたら、決闘を挑まなくてはいけないのだからね。決闘のできない貴族は腰抜けとして、一生社会から排斥される運命なのだからね。つまり、電車はがらがらになる。どうだい、快適だろう

 

第2位 婚前の生殖機能検査の義務化

 

 家畜のオスとメスとをかけあわせる時は、お互いに相性のいい身体をもっているかどうか、博労(ばくろう)がくまなくチェックする。四肢に欠損はないか、傷はないか、病気はないか、頑丈であるか……等々。それと同じように、人間だって動物であるから、子孫を残そうというのなら身体検査をやらない手はない

 自治体がよく婚活パーティだのコンパだのといろいろ取り組んでいるが、あれはダメだな。あんなのはなんの役にもたたんよ。政府として日本国民の末裔をつくろうというのなら、徹底しなきゃさ。

 つまり、若い適齢期の男女(14歳~18歳)を一か所に集めて、全員を裸にひんむいて、それぞれがそれぞれの相手の肉体をすみずみまでチェックする場を設けるのだな。そうすれば不幸な結婚というのはなくなるよ。少なくとも子孫を残すという使命はうまく果たされるに違いないよ。身長や体重、腕の長さ、脚の太さ、生殖器の具合、発するフェロモンの多寡、などをようく知り、比較した上で、慎重に結婚相手を決定するのがよいのだ。熟練の博労が上手に家畜を選別するのと、一緒だ。

 だれにも選ばれなかったらどうする? もし、それでも結婚相手が見つからなかったら? おれなんかはそっちの組に入りそうなものだが。大丈夫。安心せよ。いつの時代も優れた詩人というのは地上に席をもたないものだ。神々の玉座の隣にはべっているものなのだ。そういう、男女の寄り合いであぶれてしまった者たちの救済策は、ちゃんと考えてあるよ。救済? いや、救済どころじゃない。結婚しない者たちこそ、日常の雑事を離れて華々しい仕事をやりとげられる、人類中の勇者たるべき人物なのだから、おれはおおいに尊重する。

 結婚しなかった者らは、大学、大学院に類する教育機関――ゲルタ・ストラテジーアカデメイアに入学する。そこでギリシア語、ラテン語ヘブライ語パーリ語サンスクリット語を学び、政治術を身につけ、経済を支配する技法を獲得し、剣の腕を鍛え上げ、物理学をマスターし、数学にかけては専門家となり、正しい信仰を抱いて人格も磨き上げ、と……一言でいって、「選良・エリート elite」に仕立て上げられるのだ。そうした独身の騎士たちこそ、華々しきわが治世を担う勇者となるのだ。

 さらにかれらは現役を引退したのち、のちの世代の教育に携わる義務を課されるわけであるが、その際にはギリシア式にやることをおれは命じる。すなわち、とくに目をかけている生徒たち――少年少女に対しては、これをよく可愛がり、夜は寝床も共にするよう奨励するのだ。従順な生徒らは賢者に肉体でもって仕えることとなる。賢者はそれに応えなければならない。諸君、独身の賢者たちは、愛欲を十分に満たしながら、弟子たちを一流の貴族にしてやらなくちゃならん。これぞ最良の教育システムだ。

 

第1位 食料品の無償化

 

 食料品は無償で提供されるべし

 

 これほどテクノロジーが発達した世の中だ。ありったけの技術を注ぎ込んで実現すべきは、糧食をタダにすることだ。これこそが人類最大の福祉である。実現可能なのに、まだ実現しやがらない。とんでもない世の中だよ、この21世紀は。おれみたいな僭主が現れない限り、不可能なのだ。本当は「可能」なんだが、資本家たち、古いシステムにすがる支配者たちは「不可能」と言い張り、おのれの利益を守ろうとしているのだ。

 栄養をタダで摂取することができるようになれば、それだけ人類には余暇が生まれる。米飯のためにあくせく卑しい経済活動に精をださなくて済むようになる。すると、素晴らしい結果が生じてくる。暇というのは人類を飛躍させる翼だ。暇があればこそ、人間というのは思索し、行動し、創造し、神々の業績にも比すべき大事業をやってのけるのだ。労働は人を卑しくする。閑暇は人を高貴にする。これがおれのモットーだからな。

 食事が無料で提供される国家は、善き社会をその内部に形成する。哲学や科学、美学が発展・展開する豪華絢爛な時代をもたらす。わが国家の文学は新たなるステージに突入するホメロスへの回帰がおこなわれるだろう。科学は西欧を圧倒しこれを打ちひしぐ。あらゆる魔術めいた事象が「可能」となるだろう。美学は数世紀先の人類の規範すら提示することとなる。音楽・絵画・舞踏などの「黄金時代」がやってくるに違いない。これらはすべて、暇があってこそできることなのだ。暇をつくりだすことこそ、統治者の急務。おれはそれを自覚している。尊き国民諸君を、暇にしてやる

 

 さあさあ、おれがこの地上に王者として君臨する日は間近に迫ってきているんだぜ。

 もしかしたら、明日かもしれんよ。

 覚悟しておくべきだろうな。

 もうできているって? ――勇ましい奴め!