ゲルタ・ストラテジー

唯一神ゲルタヴァーナと怒れる十一の神々に敬虔なる真理探究者たちの散兵線における無謀を報道する。

LSD日記

無敵城サイゼリヤってあるじゃないですか、無敵城サイゼリヤ

 

 行ってきたんですよ。サイゼリヤ。行きたくなっちゃって。無性に行きたくなっちゃってね。へへへ。困ったことにサイゼリヤがとてつもなく恋しくなったので、ガソリン残量わずかな愛車を走らせて、隣町の駅前に堂々鎮座するサイゼリヤにむかいました。そしたらびっくりしたのなんのって。駅前サイゼリヤ閉店してた。閑古鳥の鳴いてるような店じゃなかったと思うんだけど、どういうわけか潰れてた。これには温厚な僕も烈火のごとく怒りました。なにくそと拳を握りしめてシャッターを殴りましたよ。ええ、そりゃもうお前はピストン堀口かってくらい殴った。バンバンバン、バン、とシャッターが僕のパンチを受け止めるたびに、バンバンbanbanうるさく喘ぐんです。


 そこで僕は気づいたね。さすが賢い僕は気づいた。その喘ぎの意味に。


 これはサイゼリヤがカラオケbanbanに吸収合併されて、banゼリヤとしてリニューアル・オープン、ヒトカラを楽しみながらミラノ風ドリアを食える楽園みたいな店に生まれ変わるという託宣、お告げに違いない。そう思うと居てもたってもいられなくなってね、カラオケとドリアを結婚させて、二人の間に生まれた子供を抱き取らなきゃいけないなっていう使命感? みたいなものがむくむくと湧いてきた。


「元気な女の子です! 元気な女の子です!」


 そう叫んで一生懸命母親に知らせてあげるんだけど、やっぱり医療ミスは怖い。男の子だと思って「男の子です!」って叫んだ助産婦さんが、あとでよくよくチェックしたら赤ちゃん女の子だと分かって申し訳ない思いをしたという記事を昔見かけたことがあります。だから僕は今すぐにチェックしなきゃいけない。なにを? 忘れた!


 まずい、忘れた!


 一秒前に思考していた内容がすぽぽんと頭から抜け落ちていく! これは気持ち悪い。と同時に、思考が一秒ごとに断絶していくこの感覚こそが正常な世界把握の方式であり、我々理性ある猿どものゴールではないだろうかという疑問が生じてくるけど……忘れた! なんの話してたんだっけ? 話はいいや。ひたすらにシャッターを殴ろう。それだけが真実じゃないかな。拳に感じる血潮の熱さこそが生命じゃないかな。ああ、気づいた! 今、僕が殴ってるのは無敵城サイゼリヤだ! こりゃ勝てねえや。へへへ。退散しよう。


 気がついたらガソリンスタンドで普通に給油してた。ハッと正気づいたのは赤信号のチカチカ点滅してるやつがどうも見慣れないからだ。ハッとしたのはいいけど、さっきぼくはスタンド店員に変なことしゃべってなかったろうか? 大丈夫? まあいいか、とりあえず国道をずっと北に行って、家に帰るとしようや。追い越し車線を追い越しちまったら追い越し車線追い越しになるんだろうか? それを考え始めるとヤバいぞ、深みにハマる。底なし沼の底を無くしてしまったら底なし沼(底なし)になるんじゃないだろうか。ってなると(底なし)に係数「底なし沼」をかけて、底なし沼底なしになる。世界は素数からできあがっている! すてきじゃないか。カブトムシがフロントガラスにぶつかって大きな音を立てたけれども、こいつはずいぶんと勇敢なやつじゃないか。停車しよう。サイドブレーキを引いて……あっと、手順を間違えた。まずはアクセルから足を離さきゃいけなかったんだ。


 ガードレールに車体をがりがりがりがり擦って、やっと止まった。キュルキュルキュルキュル、タイヤの音がうるさすぎてたまらんかった。核戦争でもおっぱじまったのかと思ったぜ! ビャオ! コンビニから店員が飛び出してくる。「大丈夫ですか?」「はい」「救急車呼びますか?」「カブトムシを呼び戻してくれ」「はい?」「カブトムシは勇敢なやつだ。皇帝麾下の軍隊に所属すべき……じゃん」 店員は不審そうな顔をしたまま携帯を取り出し、どこかへ連絡をしはじめたようだった。僕はわざと神妙な顔をつくって「皇帝陛下だってぶん殴ってみせらあ!」と吐き捨てるように言って、エンジンを始動させた。


 この時間の国道はまだ大型トラックくらいしか走ってない。大型トラックが近づくと自然とハンドルがあの鉄の巨体を避けるように動くので、ついにTOYOTAも自動運転システムの開発に成功、実用化向けて自動運転アプリをクラウドソーシング、僕はテストドライバーとして国道を走らされている。そんな陰謀に気がついた。所詮この国の企業なんてものは社会貢献だの経済発展だのなんだの言っておいて結局は車作ってるだけじゃん。お前は車を食って生きてるのか? 違うだろ、米を食って生きてんだ。車をつくる生産力を全部米に回せばいいんだよ。米をつくろうや。ガタン! バコボコ! ……次の瞬間、眼前に広がっていたのはまだ穂のないイネ、イネ、イネ。田んぼに車、突っ込んじまった。ほらみろ、車が田んぼを荒らすんだ。車は米の邪魔しちまう。TOYOTAめが。


 車を捨てて僕は国道を歩く。下半身はべっとりと濡れている。初めは風呂が僕の下半身に付属しているから濡れてるのかなと思ったけど、よく見たら泥だった。田んぼに落ちたときに汚れたらしい。田んぼと車が結婚してしまって、イネが傷ついた。ゼクシィは嘘をついている。あの雑誌は結婚こそ人生の幸福の極致みたいなこと言ってるけど、イネみたいに、人の結婚によって傷つくやつだってあるのだ。僕は誰かを傷つけて得る幸福なんてごめんだね。誰かを傷つけて幸福になるくらいなら、僕が幸福になって誰かが傷つく方がいい。また数学だ! 1+2も2+1も変わらないってわけだ! 文句をいいやがる! 僕が幸福になってお前たちが傷つくのと、お前たちが傷ついてから僕が幸福になるの、どっちか選べってか。……まあ……まあ、そんなことより見ろよ。


 日の出だ。この世のものとは思えないほど、まぶしい日の出だぜ。


 排ガスにまみれた国道で、泥だらけになりながら、刑務所入り五秒前だというのに、僕の視神経に飛び込んできた暴力的な光は、生命の母たる権威を振りかざし、彼を見つめる者全てに命令した。


 ――ミラノ風ドリアもってこい!